ウナギをせいろ蒸し ご飯に染みわたるたれ・柳川の味
ウナギのかば焼きは、東西で焼き方が違うことをご存じの方も多いだろう。主として蒸す過程が入る東日本と蒸さずにそのまま焼く西日本とに大別されるが、九州の筑後平野を中心にした一帯に、そのどちらでもない個性的なウナギの食べ方がある。
せいろ蒸しだ。
福岡県柳川市で誕生した調理法で、蒸さずに地焼きにしたウナギをせいろに盛ったご飯の上にのせ、それを蒸すという、関東の蒸し焼きと、関西でいう「まむし」が融合したような食べ方だ。
関東では背から開いたウナギは串を打って白焼きし、いったん蒸してからたれ焼きにするのが一般的。一方、関西のウナギは腹から開いて、切らずに頭も付いたままで白焼きし、たれ焼きにする「地焼き」という手法だ。「まむし」というのは、炊きたてのご飯の中に地焼きしたウナギを刻んでうずめ、ご飯の熱でやわらかくする食べ方だ。
柳川を訪れ、現地ならではのこだわりの味を探った。
柳川は、町じゅうに掘割が網の目のように走り、それを「どんこ舟」という底の浅い舟でゆっくりと巡るのが観光の目玉だ。そうした水路が、伝統的にウナギを育んできたことは想像に難くない。
まずは、料理店にウナギを卸すとともに、自社で加工まで手掛け、かば焼きなどを販売する「うなぎの江口商店」を訪れた。
社長の江口良二さんは、ウナギを語り出すととまらなくなるという、地元では有名な「ウナギの伝道師」だ。
「アンギラ・アンギラ、アンギラ・ジャポニカ……」。
職人のこだわりを語るのかと思いきや、いきなり難解なウナギの学術名をたたみかける話しぶりに、まず驚かされた。
実はウナギは世界に広く分布し、フランス料理にも使われる食材だ。しかし、江口商店では、日本からマリアナ海溝、そしてフィリピン沿岸を経て稚魚・シラスとして日本に戻ってくる国産ウナギ、学術名「アンギラ・ジャポニカ」に強くこだわる。「味はもちろん、歯ごたえ、香りも一番」という。当然、輸入ものとの価格差も大きい。
仕入れたウナギは、仕入れ先ごとに分けて管理し、状態を見極めて出荷、調理する。
実は、国産ウナギの中に輸入ものが入り込む事故が後を絶たないのだという。仕入れたウナギの中に混入していたという外来種を見せていただいた。どう猛な性格で、言われてみると国産と動きや見た目が違う。
混入が後を絶たないのは、ウナギを扱う人間が「ウナギのことを知らないから」と江口さんは言う。強い探究心は、国産ウナギへのこだわりの強さの裏返しでもある。
また、国産ものでも、養殖時に薬剤を多く使うケースも見られるという。仕入れ先の養殖池を自分の目で確かめ、過去の取引実績も勘案した上で仕入れを決めるという。
加工にもこだわりが垣間見える。裂きは、腹開き、頭付きの関西流だ。
焼きは火力がモノを言うそうだ。焼き台では上質の備長炭が真っ赤になって高熱を放つ。そばに近寄りがたいほどの高温だ。網の上に、裂いたばかりの頭の付いたウナギが次々と並んでいく。
網にびっしりとウナギが並ぶと、最初の近寄りがたいほどの高温を感じなくなる。「ウナギがのってるからですよ」。いかにウナギが高温で焼かれているかを肌で感じる。
「ちょっと実験してみましょう」。
江口さんが焼く前のウナギにメジャーを当ててから焼き始めた。48センチあったウナギは、焼きあがると29センチにまで縮んでいた。高温による一気の焼きが、身を引き締め、上質のウナギをさらにおいしくする。
焼きたてをその場で味見させていただく。焼き目が香ばしく、そのままでもおいしく食べられる。蒸していないウナギは、皮が歯に触ったりすることもあるが、一気の焼きで、皮はぱりっと香ばしい食感に仕上がっていた。
塩やトウガラシ、甘酢など、味の変化をつけていくと、いくらでも食べられてしまう。
試食のそばでは、かば焼きの調理も始まった。ちょっと甘みのあるうなだれは、何もつけなくてもおいしかったウナギの味をさらに膨らませる。やはり、ウナギはかば焼きだ。
ウナギ店では、吸い物の具や串焼きになる肝も、まるで宮崎の地鶏焼きのように、いっぺんに、一気に炭火焼きにする。焼きあがった肝を甘酢に漬け込むと、上質の酒のさかなになる。
ご飯がないままに、ウナギを貪り食べてしまった。
本日の主役であるせいろ蒸しを忘れてはいけない。柳川観光の中心地、川下りの下船場がある沖端(おきのはた)へ向かう。ここには、せいろ蒸しの元祖といわれる本吉屋をはじめ、数多くのうなぎ店が軒を連ねる。
訪れたのは「万榮堂」。江口さんのウナギをせいろ蒸しで提供する店だ。店主の梅崎万榮さんはフレンチのシェフから、故郷の味・ウナギへと転じた異色の経歴の持ち主だ。調理場におじゃまし、せいろ蒸しができるまでを見せていただく。
コメ選びからこだわったというご飯は、あらかじめうなだれをまんべんなくまぶして、冷ましておいたもの。これに、店で割き、焼いたウナギのかば焼きをのせて蒸す。中華のようにせいろを積み重ねる様子を想像していたのだが、細い吹き出し口から蒸気を高圧でせいろに当てる機械で、まるで蒸気機関車のように「ぷしゅー」っと強い蒸気をせいろに向けて噴出する。
江口さんのウナギはいわずもがなだが、冒頭に書いたとおり、せいろ蒸しの魅力はウナギとご飯の「マリアージュ」にある。うなだれは事前にご飯とじゅうぶんに混ぜられていて、コメの一粒ひと粒にうなだれが染みている。それをさらにかば焼き乗せて仕上げるのだから、小さなせいろの中にはうなぎの味わいが満ちあふれる。
蒸し上がったらウナギの上に錦糸卵をのせてできあがり。いったん冷ましてあるので、蒸したご飯もちょうどいいあんばいだ。
行儀が悪いと思いつつ、卓上のうなだれをついついかけ過ぎてしまうことはないだろうか? 柳川のせいろ蒸しに限って、その心配はない。
この、うなだれ一色に染まったせいろ蒸しのご飯は、実はおにぎりとしても人気商品になっているほどだ。
関東ではほとんど見かけないせいろ蒸しだが、うなぎ好きには、特にご飯の味わいが魅力的だ。万榮堂では、冷凍のせいろ蒸しを開発、通販ルートでの出荷に加え、飲食店向けの展開も計画しているという。
柳川を訪れる機会があればもちろん、通販や催事で見かけたら、一度試してみてはいかがだろうか。ウナギとご飯の、これまで知らなかった「マリアージュ」を体験できるはずだ。
今回、柳川のせいろ蒸しを取材するに当たって、福岡県在住の知人から「ぜひ、これも食べておくといい」とすすめられたウナギ料理がある。ウナギの刺し身、そしてしゃぶしゃぶだ。
ウナギの血には、熱に弱いイクシオトキシンという有毒成分があるため、一般には加熱して食べるのが基本だ。朝倉市杷木にある「松月」では、高圧の水で血を洗い流すなどの手間のかかる調理法で、ウナギの刺し身を提供する。
身が締まったウナギは、フグ刺しのように薄切りにすることで、絶妙の歯応えを味わえる。フグ刺し同様、皮も湯引きにする。ポン酢しょうゆで食べると、これがあのふわふわのウナギかと驚くほどコリコリした食感だ。酢味噌で食べる「洗い」もある。
さらに興味深かったのはウナギのしゃぶしゃぶ。
生のウナギを、さっと湯を通す程度、しばらく湯に泳がせて、しっかり火を通して、と加熱具合を変えながら味わう。コリコリからふわふわへと変化していく食感が、これまでに経験したことがないウナギの味わいだ。シメの雑炊に、少し残しておいた刺し身を入れるとたまらない。
柳川も杷木も、ウナギを育んだのは筑後川の豊かな水だ。郷に入っては郷に従えと言う。筑後のウナギは、地元流の食べ方で味わいたい。
(渡辺智哉)
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