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立川談笑、らくご「虎の穴」

寒くて「とほほ」な高座とは 立川吉笑

2017/11/19

PIXTA

 毎週日曜更新、談笑一門でのまくら投げ。師匠から頂いた今週のお題は「寒いったらありゃしない」ということで、今週も次の師匠まで無事にまくらを届けたい。

 ありがたいことに日々色々な場所で落語をやらせて頂いている。

 自分で企画する会だけでなく、呼んで頂いてうかがうケースも少なくない。

 落語家は「アーティスト」と「サービス業」の中間だと思っている。

 自分がやりたい落語を作り上げていく作業はアーティスト的だといえる。自分が伝えたいことを落語に込めて表現する。ミュージシャンにとっての曲、画家にとっての絵のように、落語家は己の落語で全てを表現する。

 一方で、落語は演芸でもある。その場のお客様に「わはは!」と笑ってもらったり、うるっと感動してもらったりするために、我々は落語をやっている。そのためには毎回違うその場のお客様に合わせて落語を演じる必要がある。そういう意味では「サービス業」でもある。

 そのどちらもが共存しているのが落語家なんだろうと思う。

 己の落語を世界にぶつけたいと思っている自分と、その場にいるお客様にただただ喜んで頂きたいと思っている自分とが常に混在している。

 その場にいるお客様が「僕が今考えていることを詰め込んだ落語をぶつけてもらいたい」と思ってくださっている場合はとても分かりやすいけど、そんな現場はわずかしかない。大抵の場合は、そのバランスについてうまく舵(かじ)をとる必要がある。

 でも根底にあるのはお客様に楽しんでもらいたいということ。笑ってもらいたいということ。これに尽きる。

 己の表現として満足いく落語ができなかった場合でも、お客様に楽しんで頂けたのなら、ひとまず自分の存在価値はあったのかなと思える。

高座に上がる立川吉笑さん(東京都武蔵野市)

 そんな気持ちで落語をやっているから、もちろん常にお客様に楽しんで頂くつもりで高座に挑む。それでも、考えられないくらいツルーンとスベってしまうこともままある。

 笑いを取りに行って失敗した様を「寒い」と表現することがあるけど、冷や汗をかくからなのか、血の気が引くからなのか、実際にやっている自分はスベった瞬間に寒く感じることがある。

 今回は、一生懸命やったのに盛大にツルンとスベってしまい寒い思いをしたときの話。

 僕に限って言えば、改めて考えてみると、持ち時間の20分なら20分を完全にほっかほかな状態で終えられたことなんて数えるほどしか無くて、毎高座、どこか思い通りにいかなかった箇所がある方が多い。

 とはいえ、うまくいった部分ももちろんあるから、総じて「今日の高座はうまくいったなぁ」とホクホクした気持ちで帰ることもたくさんあるし、一方で「今日はちょっとダメだったなぁ」とヒンヤリした気持ちで帰ることもある。

 ただ、ごくまれに、思い出すのも嫌なくらい完全にツルンとスベってしまうことがあって、その日の帰り道はただただ地獄だ。

 用意したボケでお客様に笑ってもらえないことや、もっと言えば用意したボケ全てが1ミリもウケないことはたまにあって、それくらいでは帰り道が地獄になることはない。良いのか悪いのか前座修行の間に心が慣れてしまって、そんなことがあってもあまり驚かなくなった。

 帰り道が地獄になるのはそれ以上の場合。

 具体的には「そこにいる誰もが僕の落語を、さらには落語そのものを求めていない」場合だ。

 こちらとしては先方から呼んで頂いたからうかがっているはずだけど、そんな状況になることがたまにある。ほんの少しでも僕や落語に興味を抱いて頂けているなら、なんとか楽しんで頂こうと手を変え品を変え一生懸命頑張るけど、全く求められていない現場だと、どうしようもない。

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