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田中角栄や本田宗一郎も 銀座で背広を仕立てる男たち

2017/11/28

 スーツを仕立てるなら銀座で――。東京・銀座には「一流」と呼ばれるテーラーが集まる。オーダーメードで自分だけの1着を仕立てるために、足を運ぶ政界や経済界の著名人も少なくない。なにが男たちを魅了するのか。フロントマネジャーなどとして約30年間、高級スーツ店「銀座英国屋」の店頭に立ち続けた元社長室長、市川博司さん(72)に、銀座のテーラーの魅力と顧客の横顔を聞いた。




 ――市川さんは1967年(昭和42年)、英国屋に入社しました。まず、どんな仕事を担当しましたか。

 「銀座の本店で『いらっしゃませ』『ありがとうございました』と1年間お客さまに頭を下げるのが新入社員の日課です。この時期にテーラーの営業マン、アドバイザーとしての所作を身につけます。2年目から百貨店の外商部や特定のお客に付いての営業活動を始めます。身体の寸法から自宅の住所まで、いわば個人情報を知りうる立場なので、信頼関係が何より重要になります。1人の顧客に最後まで1人の営業担当が付くのが原則で『番記者』ならぬ『番テーラー』というわけです」

 ――若いころに特に印象深かったことは何ですか。

 「1着のスーツに満足していただくためには、1人ひとり違う工夫が必要だということでしょうか。お客様には『普通に作りましょうか?』『いつも通りお作りしますか?』とよくお聞きしました。英国屋の『普通』とは、それまでの経験を総合的に生かした最高の仕立て方という意味です」

■豪雪対策で裾を短くしていた田中角栄氏

田中角栄氏

 「ただし例外もあります。72年(昭和47年)に当時の田中角栄首相が日中国交正常化のため訪中しました。英国屋のスーツを着て向かわれたのですが、北京空港に降り立った映像を見ると、明らかに裾が少し短かった。プロなら分かります(笑)。採寸ミスかと思い驚きました。しかし『田中番』の先輩に尋ねると田中さんの意向でわざと短くしているとのことでした」

 「田中さんの選挙区は日本有数の豪雪地帯です。屋外で演説している時に雪に降られると裾がすぐにぬれてしまいます。その用心というわけです。コートも高級カシミヤをお勧めしたいが、田中さんはまずは雪をはじく素材がよいとのことだったそうです」

 ――担当で印象深かった顧客は誰ですか。

 「71年から担当になった本田技研工業(ホンダ)創業者の本田宗一郎さんに色々教わりました。ゼネストの当日にスポーツカーで来店された時から圧倒されました。こちらが事前に用意しておいた生地には目もくれず、『黒が見たい』との注文でした。理由は『オレはスパナを持って車の下に潜り込んで車の修理をしなきゃならない。油まみれになっても目立たない黒がいい』とのことでした」

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