「足ながおじさん」が本当に救ったのは?(井上芳雄)第9回

日経エンタテインメント!

井上芳雄です。11月1日から『ダディ・ロング・レッグズ ~足ながおじさんより~』というミュージカルに出ています。シアタークリエで2012年に初演した作品で、14年に続いて、クリエでは4度目の上演になります。初演のときからお客さんからの評判がとてもよくて、愛されている作品です。また演じられることに喜びを感じています。

『ダディ・ロング・レッグズ ~足ながおじさんより~』は11月1~24日シアタークリエで上演中(写真提供/東宝演劇部)

坂本真綾さんとの2人芝居で、真綾さんとは初演から一緒に演じてきました。いわゆるブロードウェイ・ミュージカルやウィーン・ミュージカルといった、海外で大ヒットした作品というわけではありません。というのも、原作の『足ながおじさん』は米国の女性作家ジーン・ウェブスターが1912年に発表した小説ですが、実は米国ではそれほど有名ではなく、日本とフランスで特に人気があるそうです。日本では、アニメになって親しまれた影響も大きいでしょうね。

脚本・演出のジョン・ケアードは、『レ・ミゼラブル』の演出などを手がけた方です。彼の奥さんである今井麻緒子さんが『足ながおじさん』の話が大好きで、ジョンにミュージカルにすることを勧めたので、ジョンが本を読んで作ることを決めたそうです。

演じていて思うのは、僕の役である「足ながおじさん」ことジャーヴィスは、日本のミュージカルファンが大好きなキャラクターの要素を集約したような人物だということ。社会的な地位も財産もあるけど、生き方が不器用で、でも愛する人には一途に尽くすという男性像が、日本ではとても愛されるように感じます。

ジャーヴィスは、まさにそういう男です。慈善家で、ずっと孤児を援助しているのですが、人嫌い。幼いころに母親を亡くして以来、人を遠ざけているのです。ただ、本を読むのはすごく好きで、それが生きがいのようになっています。

人間の関係性を考えさせられる作品

そんな彼が、ジルーシャという孤児の女の子が書いた作文を読んで、ものすごく面白かったので、初めて女の子の援助を始めます。大学に入ったジルーシャが毎月送ってくる手紙を読んでいるうちに、彼女にひかれ、身元を偽って会いにも行きます。そうして彼女を心から愛するようになるのですが、本当のことを明かすことはできない。それでも、一途に尽くします。そうするうちに、最初は偏屈だったジャーヴィスがだんだん変わっていきます。

僕が、この作品で一番好きなのはそこです。彼は慈善家だから、誰かを救うことが仕事です。でも、彼自身も誰かに救われたいと願っていて、彼女を助けているはずが、自分もまた救われていることに気づく。人を救うことは、自分を救うことでもあったのです。100年も前の話ですが、人間の関係性を深く考えさせられる現代的な作品だと思います。

2人芝居なので、セットはたくさんありません。その代わりにたくさんの箱を組み合わせて山にしたり、部屋にしたり、建物にしたりします。その移動も全部2人でやります。観客のイマジネーションを刺激して、舞台上にいろんな光景を作り出すんです。それがとてもすてきで、僕も真綾さんもこの作品が大好きです。