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中田敦彦 私が漫才を捨て、「音ネタ」を選んだ理由

日経エンタテインメント!

2017/11/3

 卓越したプレゼンテーションやコメンテーターとしての鋭い発言、RADIO FISHとしての音楽&ダンスパフォーマンスなど、芸人の枠に収まらず多様な才能を発揮している、オリエンタルラジオの中田敦彦。11月3日に自著『天才の証明』を刊行。どんな人にも適材適所があり、その人が生まれ育った資質を伸ばし磨いていく方法があると説く。オリエンタルラジオが漫才を捨て、音ネタを選んだのも、その実践のひとつだ。

(写真:柳沼涼子 スタイリスト:上井大輔)

――『天才の証明』はどんな本なのでしょうか。

 デビューからずっと考えてきた「才能」について、試行錯誤したゆえにたどり着いたことをまとめました。僕は常々、1つのグループや企業の中にいて合わないとか力を発揮できないと感じている人は、環境を変えるべきだ。フィットする環境さえ見つかれば、どんな人も誰にも負けない才能を発揮できるし天才になれる。そう確信しています。

 ある場所で無能と呼ばれる人間が、ある場所では天才と呼ばれることがあります。もちろん、その逆も。天才物理学者のホーキング博士だって、漁船に乗れば無能です。彼に漁業はできませんよね。あまりにも当たり前のことなのに、多くの人は「これがルールだから」と、自分のいる場所の評価基準でがんばってしまいます。

――オリエンタルラジオとしてデビューし、同時にリズムネタ『武勇伝』でブレイクしたのは2004年。13年がたちました。

 デビューして10年間は、僕自身もお笑い界にある既存の価値観にとらわれていました。

 『武勇伝』は、「学生の宴会芸か!」などと先輩たちからさんざん揶揄(やゆ)されました。『武勇伝』人気によるバブルが落ち着いたころには、お笑い界全体の流れが自分たちには逆風になってもいました。ショートネタブームが失速し、『M-1グランプリ』の人気に代表される漫才のほうに、メインストリームが移ったのです。

 そんななか、お笑い界のスタンダードが漫才ならば、そこで結果を出すしか生きていく道はない。門はここしかない。そんな思いで漫才を本気で勉強し、売れているコンビのネタを分析して吸収し、あの手この手でネタを作り、練習しました。物事を分析するのは得意なので、ヒット作や人気ネタから仮説を立て、自らのネタに取り入れて形にすればできるはずだと考えたのです。

 ところが、漫才は難しかった。漫才が、特段に難しいというのとは違います。誰しも向いていないことをやると、難しいのです。

勝てないなら、勝てる方法を探るべき

 そうやって不向きな漫才にあらがっていたときに現れたのが、若手コンビ、8.6秒バズーカーでした。リズムネタ『ラッスンゴレライ』で彼らは15年にブームを起こすわけですが、ネタを初めて見たとき、正直ぎょっとしました。

 漫才隆盛の時代に、オリエンタルラジオがもう要らないと見向きもしていなかった『武勇伝』に似たものが、10年のときを経て新鮮に受け入れられていることにおののきました。同時に、自分たちがやっていたことが形を変えて通用していることに感動もしました。

 彼らのおかげで、原点に返りました。オリエンタルラジオの強みは音楽で、既成の演芸ではすべてを表現できないと。そこから試行錯誤を経て到達したのが、RADIO FISHというユニットを組んでの『PERFECT HUMAN』のパフォーマンスです。

 『PERFECT HUMAN』は、自分たちが勝負できる得意なことを緻密に積み上げ、結実したものです。勝てないなら、勝てる方法を探るべき。どんな人も自分の力を最大限に発揮できる場所や方法はあります。「ここしか世界がない」。そう思うことが一番良くありません。

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