トキの島に舞い踊る鬼を見た 佐渡の伝統文化を訪ねる
新潟県の佐渡島
吹き抜ける風が冷たく感じられる秋の日本海。新潟市から高速船でおよそ1時間航行した先にあるのが佐渡島だ。トキと金山の島--。この連想に間違いはないが、佐渡の奥深さはそこにとどまらない。歴史の中で様々な要素が融合してきた独自の文化も大きな魅力だ。
掛け声とともに激しく舞う「鬼」
佐渡を訪れたのは10月中旬。地元の方から畑野地区の鎮守社、熊野神社の祭礼が開かれることを教えてもらった。島は地図で見るとローマ字のHを斜めにしたような形だが、畑野はその中心に近い地区だ。「鬼太鼓(おんでこ)は初めてですか。ちょっとびっくりするかもしれませんが、是非じっくり見ていって下さい」。佐渡市役所にお勤めの中川大輔さんが境内まで案内してくれた。
境内を見学しているとほどなくして太鼓が鳴り、掛け声が響く。「そらゆけ、そらゆけ」--。掛け声とともに鮮やかな衣装を身にまとった「鬼」が登場して舞い始めた。膝を深く折って低い姿勢になったり、空中を回転しながら髪を振り乱したり。大きく見得を切ったかと思えば、獅子ともからむ。かなり激しい。地区の若者が担当しているのだろうが、「息が上がっているんじゃないか」と心配してしまうほどだ。
鬼太鼓は五穀豊穣(ほうじょう)の祈願や収穫への感謝、集落の厄払いなどのために行われるとのこと。島内約120地区にそれぞれの鬼太鼓があるという。ひとつとして同じものはないというから驚きだが、舞い方などでいくつかに大別できる。この地区出身の小田俊和さんは「ここは舟下(集落)から伝わったと聞いています」と話す。舟下の鬼太鼓は数百年の歴史があり、海外でも舞われたことがある代表的なものの一つだった。
終日かけて地区の民家を1軒、1軒訪問
境内でひとしきり舞うと、鬼は民家を1軒1軒、回り始めた。「この地区で大体600軒ですが、2組に分かれて回ります。1組あたり300軒なのでほぼ終日ですね」。息が上がるなんてもんじゃない。小田さん、中川さんによると地区によっては30歳で「定年」だという。無理もない。50歳を過ぎた都会暮らしの筆者には1軒分も無理だ。
「すみません、撮影してもよろしいでしょうか」。鬼が舞っている最中の民家にお願いして取材させてもらった。玄関先で舞う鬼に照準を合わせてシャッターを切っていると、声がかかる。「おけさ柿です。いかがですか」。おけさ柿は現地の特産品だ。取材中させていただいているという立場もあって遠慮しようとしたが、「みなさんに召し上がってもらっていますから」と薦められ、1切れいただいた。うまい。上品な甘さだ。舌鼓を打っていると鬼は隣の家へと向かいはじめた。
島で育まれた独自の伝統文化
佐渡で育まれた伝統文化は多様で独特だ。政争で敗れた貴族などが流罪で送られる地であったことから都の貴族や知識人が様々な文化を持ち込み、徳川幕府直轄の金鉱山が発展したことで武家文化も入ってきた。北前船の商人らが持ち込んだ町人文化なども流入し多様な要素が融合している。世阿弥が配流された地でもあり、能舞台の数は全国的に多い35ヶ所を数える。佐渡の能は6月から8月に多い。次回は是非、能舞台も訪ねてみたい。
「皮がうまい」イシダイのアクアパッツア
佐渡は風光明媚(めいび)な地でもある。美しい海岸線が続き、宿を取った島の西側は天候に恵まれれば日本海に沈む夕日を観賞できる。その日本海から水揚げされる魚介類は歩き疲れた旅人の胃袋を十分に満足させてくれる。この日は地元の方に薦めていただいた居酒屋を予約済み。
店に出向くと、テーブルにはすでに刺し身の盛り合わせが用意されていた。他の地域では甘エビと言われることが多い南蛮エビなどが豪華に盛りつけられていた。東京ならいくらかかるだろうか。そんなビジュアルだ。
しばらくしてイシダイのアクアパッツァが運ばれてくると、少し離れた席に陣取っていた地元の紳士がアドバイスをくれた。「皮がうまいからね」。確かにうまい。独特のうま味と食感だ。イシダイの皮は厚くて固いというイメージがあったが、熱を加えることでこんなにも違うものかと思った。
運良く出会えた特別天然記念物
最後に旅の思い出をひとつ。収穫の終わった田んぼの上空に、偶然にも羽ばたくトキを見つけた。それまでに何羽か見かけたサギとは明らかに違う、朱色がかった美しい羽だ。カメラの準備をしていなかったこともあり、残念ながらシャッターチャンスを逃してしまった。
地元の人によると人工繁殖の努力が実り、最近は旅行者でも運が良ければ見つけることができるようになってきたという。再訪したらまたトキに巡り合えるだろうか、そんなことを考えながら高速船で帰途についた。
(松岡克紀)
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