「辺境の地」にたたずむホテル 自分との対話を迫る旅
地球の最果て、パタゴニアで写真を撮る(下)
南米大陸の最南端、パタゴニア地方の絶景をカメラに収めようと、アマチュア写真家たちが集まる写真プログラム。人々に感動を与える撮影旅行を陰から支えるものとして、ひとつのホテルの存在がある。チリ領内のトーレス・デル・パイネ国立公園のど真ん中にある高級ホテル「エクスプローラ・パタゴニア」だ。
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チリ国内に3つのホテルを持つグループ創業者のペドロ・イバーニェスさんが価値に据えているのは「remote(リモート)」という言葉。「辺境の地」「とてつもなく遠い」という意味で、欧米の旅好きな人たちが口にする。苦労しても訪れたい、というニュアンスで旅行雑誌などでもよく使われる表現だ。
イバーニェスさんがエクスプローラを創立した1990年代の初頭、チリは世界中からあまりにも遠く、旅先としての認知がなかなか上がらなかった。だがそれを逆に価値あるものにすることで、旅を特別なものにできるはずだと、あえてチリ国内の不便な場所にラグジュアリーなホテルをつくった。
「遠隔地への旅が感傷に満ちているのは、自己の内面との対話に迫られるから。人は日常から隔離されることで、普段見えないものが見えてきます。感性が鋭敏になる一方、自然や環境にも優しくなれる。自分を直視する余裕さえ生まれてくる。これこそが特別な体験なのではないかと考えました」
このエクスプローラのコンセプトに共感したのが、米ニューヨークを拠点に活躍する写真家の田中克佳氏だ。写真プログラムでは、ただ1人の指南役として、参加者たちに撮影を指導する。目的地を点のように目指す観光とは異なり、旅での体験を一本の線のようにつないでいく。それが自身の撮影スタイルと同じだとという。
イバーニェスさんと田中さん、両者の思いが共鳴することで、ユニークな写真プログラムが始動したのは2013年のことだった。「撮影の技術を覚えるだけでなく、写真を通じてその土地の魅力を捉え、物語の語り手となってもらいたい」と田中氏は語る。「一人の表現者として周囲の自然や環境と向き合う体験をするからでしょう、人生観が大きく変わったと、涙して帰られる方もいます」
パタゴニアまでの道のりは遠い。参加者はチリの首都、サンティアゴの国際空港で集合し、国内線に乗り換え、最寄りの空港まで。さらホテルのある国立公園までは車で約5時間。およそ350キロメートルの道程だ。
写真プログラムのパンフレットには、毎日の詳細なスケジュールや訪れる撮影スポットは記されていない。日々変わる天候の中で最適の撮影場所を求めて移動するため、必ずしも毎日、○○山や○○湖といった有名な観光スポットを訪れるわけではない。だが顧客の満足度は高く、リピーターも多いと言う。
カメラメーカーのニコンが当初からスポンサーとして参画したことで、世界中にこのプログラムの存在が知られるようになった。米州でマーケティング統括を担当している河浦康祐さんは言う。「パタゴニアはかなりの遠隔地なので、ある程度の所得とかなりの熱意がある人しか参加できませんが、そこで写真を撮ることを夢としている人も多い。参加者のコメントからも、圧倒的なスケールに感動したことがよく伝わってくる」
エクスプローラはいま世界中の700以上の旅行会社から予約が舞い込むホテルグループとなった。ホテルには写真プログラムだけでなく乗馬やトレッキングなどのアクティビティーも用意され、体験型の旅に人気が集まる。
ただ写真プログラムの参加者は欧米人がほとんどで、日本からの参加者は少ない。遠隔地という理由もあるが、有名なスポットでの撮影だけを目的とせず、「体感型の旅」として組まれた同プログラムの魅力が浸透するには、もう少し時間がかかるだろう。
写真プログラムではパタゴニアに加え、モアイ像で知られるチリ領イースター島を訪れる。料金はパタゴニア5泊、イースター島4泊、サンティアゴ1泊の10泊11日で約8000~1万ドル。春夏2回ずつの年4回催される。
往復の飛行機代は別だから決して安い旅ではない。だが開始から4年、遠隔地という非日常の中で撮る究極の1枚とラグジュアリーな滞在を求めて、リピーターを含めすでに100人近い顧客が世界中から参加している。
(写真・田中克佳、文・太田亜矢子)
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