北京ダック風クイ 美食の国の伝説的シェフが作る逸品
ペルーは南アメリカ大陸の西部に位置する人口約3000万人の国。129万平方キロメートルという日本の約3.4倍にあたる国土に、まったく異なる地形とそれが育むバラエティー豊かな自然環境が混在している。
昨今は「美食の国」として世界のグルメたちから注目を集めており、その理由の一つはこの異なる自然環境が生み出す豊富な食材によるところが大きい。
米航空宇宙局(NASA)も認めたスーパーフード(一般的な食品よりも突出して必須栄養素や機能性成分を含む食品のこと)として知られるキヌアや、最近日本でも見かける根菜のヤーコンなどもペルー原産。ペルーにはユニークな食材が多い。
ペルーはその地形によって大きく3つに分けることができる。一つは太平洋側に面した砂漠性気候の「コスタ」。首都リマはコスタに当たる。二つめはアマゾン川流域の「セルバ」、そしてアンデス山脈の高地「シエラ」だ。
日本人にとってペルーの典型的なイメージはシエラかもしれない。ユネスコの世界遺産として知られる、15世紀インカ帝国時代の遺跡「マチュピチュ」もシエラだし、高級繊維として知られ、動物園でも人気者のアルパカもまたしかり。ちなみにペルーではアルパカも食べる。
私が首都リマに住んでいたころ、一時帰国の際にシニア世代の方々には「やっぱりコンドルが飛んでるの?」と聞かれた。ペルーの有名なフォルクローレ(民謡)で、1970年代に米国のフォークデュオ、サイモン&ガーファンクルがカバーして有名になった「コンドルは飛んでいく」(原題「El condor pasa」)という歌のイメージが強いようだ。これもシエラにいるタカ目の鳥類。なお、コンドルは食べない。そして、首都リマではコンドルは飛んでいない。
今回はこのシエラの代表的な食材の一つをご紹介しよう。
代表的、かつ、もっともインパクトがあるシエラの食材はなんといっても「クイ(cuy)」だろう。これはコロンビア、ボリビア、アルゼンチンなど南米に生息する「テンジクネズミ」という動物。
というような説明を日本人にすると、たいてい「げっ! ネズミ!?」と「なんて不潔な!」というニュアンスを含んだ反応が返ってくる。なので、「いや、ネズミというよりモルモットに近いかな」とあわてて言い直すと、今度は「え、あのかわいいモルモット? かわいそう……」と残虐な人扱いされてしまう。
事実クイはモルモットの原種で、見た目もかわいいらしい。私たちが知っているモルモットと違うのはその大きさ。3~4倍くらいだろうか。耳の短いウサギって感じだ。
モルモットを食べるというだけでもじゅうぶんインパクトがあるのだが、さらに衝撃的なのがその調理法。「クイ・チャクタード(cuy chactado)」はクイを「開き」にして焼いたもの。同じく開きにしたクイを素揚げにしたのが「クイ・フリート(cuy frito)」。
「クイ・アル・オルノ(cuy al horno)」はクイのお腹にハーブを詰めて窯で焼いたもの。同じくハーブ詰めのクイを串焼きにしたのは「クイ・アル・パロ(cuy al palo)」と呼ぶ。
いずれにしても開きか丸焼きで、顔や足、小さな指や爪がリアルに残っている。生きていたときの姿をアリアリと想像できちゃうのだ。クイはもともと魚介類などが手に入らない山岳地帯において貴重なたんぱく源だったから、顔や足についているほんのちょっとのお肉も無駄にしたくなかったんだろうな。
かつてはお祭りなどの特別な日に食べるものであったが、いまではシエラきっての都市クスコ(マチュピチュに行くときの空の玄関口)のレストランや屋台でいつでも食べることができる。また、リマでもクイ料理を提供するレストランもある。レストランでのお値段は珍しい食材のためか、高めだ。
クスコといえば、インカ帝国時代の神殿跡に16世紀半ばから100年もの時間をかけて完成した歴史的建造物クスコ大聖堂がある。ここにある宗教画「最後の晩餐」は観光客が思わず「二度見」してしまうユニークなもの。イエス・キリストが処刑前の晩に12人の使徒とともに囲んだテーブルの中央の皿にはなんと「クイ」が……。ちなみに、最もよく知られるレオナルド・ダ・ヴィンチ作の絵では、魚である。
「違うだろ~ッ!」とツッコミを入れたくなる。歴史的にも建築的にも宗教的にも貴重な荘厳な雰囲気の教会だけに「ギャグ」とか「パロディー」でやっているとは思えず、「マジ」でやっている模様。いかにクイが昔からシエラの人々に愛されてきたかがわかるエピソードだ。
私が初めてクイを食べたのはマチュピチュのふもと「アグアスカリエンテ」という町のレストランでのこと。クイ・タクチャードを食べた。なるべく顔を見なくていいように顔がついた部分を自分から遠いほうに向けて食べたのを覚えている。パリパリに焼けた皮が香ばしくて肉は鶏肉と豚肉の中間のようでクセがなく、とてもおいしかった。
実はこの初クイ体験は「おいしかった」というだけで、それほど記憶に残っていない(なにせほかにもおいしいものがいっぱいあるので)。インパクトある見た目なのにあまり覚えていないのは、その後リマのレストランで食べたクイがあまりにおいしくて強烈な体験だったからである。
これはペルーで食べたもののなかでいちばんおいしい料理だったといっていい。いや、いままでの人生で食べておいしかったもののトップクラスに入る。食通の方ならその店の名前を聞けば納得するかもしれない。
その店は「アストリッド・イ・ガストン(Astrid y Gaston)」。
ここのオーナーシェフ、ガストン・アクリオ氏はペルーではもはやレジェンドだ。そもそもペルーが美食の国として注目されるようになったのは2011年にイギリスの飲食専門誌が毎年編纂する「世界のベストレストラン50」にこの「アストリッド・イ・ガストン」がランクインしたことに端を発する。ペルーが料理先進国と呼ばれるようになったのはこの天才料理人が立役者だといってもいい。
日本でも2015年に「料理人ガストン・アクリオ 美食を超えたおいしい革命」というドキュメンタリー映画が公開になったので、その名を知っている人もいるだろう。この映画では彼のバッググラウンドや料理哲学に迫るほか、料理人の枠を超えた「革命的」な彼の活動を追っている。貧しい子どもたちでも学べる料理学校を設立したり、適正価格で取引することで生産者にきちんとお金がまわるように仕組みをつくったり、その取り組みは社会起業家ともいえる。
ちなみにペルーでは昨年大統領選挙があったが、ガストンが立候補するというウワサがまことしやかに流れた。結局ウワサにすぎなかったが、もし立候補していたら大統領になっただろうといわれている。
ちょっと前置きが長くなったが、ガストンの店で食べたクイの話に戻ろう。
メニューに「クイの北京ダック風(El cuy pekines)」という文字を見つけ、さっそく注文した。すでにクイは体験済みでおいしい素材だということは知っていたし、せっかくペルーにいるのだからペルーらしいものが食べたい。なによりあの見た目をどういったアレンジで出してくれるのか興味があった。
いざテーブルに運ばれてきたクイを見てうなった。
「おー! そう来たか!」
北京ダックの「ダック」をクイに置き換えただけかなぁと思っていたらまったく違っていた。シンプルに「ドーン」と盛り付ける中華料理のプレゼンテーションとは違い、フランス料理や日本料理のようなとても洗練された前菜であった。
人々がちょっと躊躇してしまうクイの頭や足などは姿を見せず。骨もはずして食べやすい身の部分だけを長方形に美しくカット。肉を包む薄餅の色が真っ黒なのもまた衝撃的だ。これはペルー独特の食材・紫トウモロコシを使った薄いパンケーキとのこと。この上にローストしたクイの身を乗せ、酢漬けの大根と「ロコット」という赤ピーマンにも似たペルーの野菜などと一緒に中華風甘味噌で食べる。
手でパンケーキをくるっと巻いて口の中に入れると、脂の乗ったクイと酢漬けの酸味と甘い味噌の味が混然一体となり、うまいのなんの。パリパリのクイの皮の食感がまた最高。
この料理の発想はもちろん中国から、ダイコンの酢漬けは、なますをフランスパンのサンドイッチに入れるベトナム料理からヒントを得たのではないかと勝手に想像してみる。ペルーの素材を生かしながらも外国の料理のエッセンスも取り入れ、見た目は上品だけれど味はペルーらしく力強く。さすがペルーが世界に誇るシェフの店だと感服した。
ちょっとびっくりするけど大胆な料理法で豪快にクイを食べるのも、前衛的モダンペルービアン料理があるのも、どちらもペルーのリアルな姿だ。日本からはちょっと(だいぶ?)遠いけど、機会があったら是非訪れて、奥深きペルーの食の世界を堪能していただきたい。
(ライター 柏木珠希)
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