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ムロツヨシ サブでも主役でもキラリ光る「喜劇役者」

日経エンタテインメント!

2017/9/14

 映画、ドラマ、舞台に加え、コント番組などでも大活躍のムロツヨシ。CM契約も5社にのぼり、勢いが止まらない。主演の機会も増えた人気スーパーサブ(名脇役)は、どのように現在に至り、今後どこへ向かうのか。

1976年生まれ、神奈川県出身。99年より舞台に立ち、映画、ドラマでも活躍。2008年より作・演出も手がけるプロデュース公演『muro式』を継続中。著書『ムロ本、』(ワニブックス)が発売中(写真:中村嘉昭)

 2017年は福田雄一監督の映画『銀魂』やドラマ『スーパーサラリーマン左江内氏』で活躍。大河ドラマ『おんな城主 直虎』でも好演を見せた。『LIFE~人生に捧げるコント~』(NHK)などバラエティにも引っ張りだこだ。

 ムロが得意とするのはコメディ。肩書きは「喜劇役者」を名乗る。

 「そう名乗るようになったのは、3年くらい前からだと思います。みなさんに名前を知られるようになってきたけど、踊らされたら短命に終わる。そんな危機感もあって、『どんな役者になりたいのか』と改めて自分に問うた時に、出てきたのが『喜劇役者』でした。

 19歳で役者の世界に飛び込んだ頃は、喜劇をやりたいとか、人を笑わせたいという気持ちはなかったんです。ゴールデンタイムでやってるようなドラマや映画に出られる俳優になりたいと思っていましたし、なれるとも思ってました。根拠のない自信を持ってこの世界に入り、根拠のない自信を使い切るまでに、6年かかりました(笑)」

 アルバイトをしながら小劇場の舞台に立ち続けるも芽が出ない日々が6年。「経験を積んで根拠のある自信を作ろう」と1年に8本もの舞台に出たのが26歳の時だ。

 「自分に才能がないことを認めて、人に頭を下げて舞台に立たせてもらったら、お客さんが興味を持って見てくれるようになって。そしてある舞台で、1~2個だけ、『俺が笑わせたぞ!』というところがあったんです。『ああ、これが根拠のある自信か』と思って次の日の舞台に立ったら、今度はそこがウケない。人前に立つことの怖さとやりがいを感じました。同時に、笑いって大きいなと思いましたね。人を笑わせられたら僕はとても楽しいと思うし、もしそれができるなら、僕は人前に立ってもいいのかなと思うようになりました」

 映像デビューは29歳。映画『サマータイムマシン・ブルース』(05年)の主要キャストに起用され、瑛太や上野樹里と共演した。監督は『踊る大捜査線』の本広克行。

 「本広監督はもともと舞台を何度か見てくださっていて、8本出た時も、3~4本は見てくださっていて。僕が変わった瞬間を見抜いてくれたのかもしれません。

 あとは、売り込みがすごかったみたいです、僕の(笑)。それまで『できれば使ってください』だったのが、26歳からは『使ってください!』と言うように。

 この映画をきっかけに、瑛太とお酒を飲むようになりました。そこから新井浩文や松田龍平とつながって、年の差はありましたが友人となり。その後、小泉孝太郎と知り合って、小泉家にお邪魔したりもしました。孝太郎は『ムロさんが人に知られるためだったら、小泉家の話を売って構わない』と言ってくれたんですよ。何年か後、その通りにテレビで純一郎さんの話をさせてもらったら、『小泉家と仲のいい俳優』とメディアに取り上げていただいたりもしました。

 小栗(旬)とも瑛太のつながりで知り合ったんです。2人には、人気者になった苦悩もそばで見させてもらいました。その頃、僕はお金がなくて。年下の彼らのお金でお酒を飲んだ帰り道は、なかなか辛いものがありましたね。でもその経験があったから、『俺も早く仕事が欲しい』『稼げるようになって、彼らに酒をおごりたい』と野心を持ち続けられた気がします」

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