「八ッ橋」に新風吹き込む 京大卒後継ぎ娘の挑戦聖護院八ッ橋総本店(上)

ニキニキを立ち上げた当初、可奈子氏はそのブランドカラーをピンクにしようと考えていたという。若い女性をターゲットにしていたからだが、この際も且久氏には「ターゲットを設定するのは大事だが、それがほかのお客さんを疎外するようなものであってはならない。京都の商売は地元で暮らす人たち全員に受け入れてもらえるようなものでなくては」といさめられたそうだ。

京都市内にある「ニキニキ」の本店

「最初のうちは、父の言葉の意味があまり理解できなかった」という可奈子氏。だが、店を開いてみて、予想以上に年配客や男性客が多いことに気がついた。ブランドカラーは結局、京都の街に違和感なくなじみ、年配者にも抵抗感のないグリーンに決めた。「おかげで、幅広い客層に親しまれる店になりました」と振り返る。

ニキニキは赤字覚悟で出した店だ。且久氏には「赤字は広告宣伝費のつもりだから」と言われていた。新たな設備投資もしていない。生産現場では聖護院ブランドの商品を作る社員が、交代でニキニキの商品も作っている。やむなくそうしたのだが、これには予想外の効果もあった。

「ニキニキの商品は生産量が限られるので、工場の機械にかけることができません。したがって、機械化する以前の製法で作っています。これまでも昔ながらの製法を研修で学ぶ機会はありましたが、年に数回の研修ではしっかり身につきませんでした。日常的に生八ッ橋を手作りする習慣ができたおかげで、機械のボタンを押すだけではわからなかった蒸し加減の調整や微妙なタイミングについても現場が深く考えるようになりました」

本店に続いて、京都駅の八条口にもニキニキを出店した。夕方になると売り切れる商品が出るほどの人気だ。「おかげさまで採算がとれるところまでは来ています」と話すが、ここから先、出店ペースを加速していく考えはないそうだ。

「店を増やすよりも、むしろ聖護院のブランドではできないことを試す実験的な場として持っていたいのです。ニキニキで試したことは、いずれ聖護院のブランドに還元していければいいと思っています」と可奈子氏は言う。

若手の刺激にも一役

聖護院ブランドで出す菓子は「100年続く」ということを念頭に置いている。それだけに商品開発のハードルは高く、これまではどうしてもベテランが中心で、若手が意見を出す機会はあまりなかった。意見を募っても出てこないことがあったという。ニキニキはそんなやや硬直化した社内に新風を吹き込むきっかけにもなった。

「毎月一つは必ず、新しい形の『季節の生菓子』を出しています。生八ッ橋と組み合わせるコンフィチュールもその都度、開発している。最初のうちは私がすべて案を書いていましたが、今は社員さんから提案してくれることが多くなりました。ニキニキを始めて一番良かったのは、若手が挑戦できる場ができたことかもしれません」

企画した菓子をお客さんがSNS(交流サイト)のインスタグラムなどで紹介してくれるのを見て、やる気を新たにする社員もいるそうだ。次回は、そんな可奈子氏の活躍を見守る社長の且久氏に話を聞く。

(ライター 曲沼 美恵)

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