社員の健康づくり 特典設けて、やる気に火
社員の健康づくりを後押ししようと、インセンティブ(奨励)制度を設ける企業が増えている。運動や健康診断の結果などでポイントを付与、賞品などに交換できる。健康は、長く元気に働き続けるための大切な基盤だ。先進企業ではさまざまな工夫を凝らしている。
「きょうはまだ足りないな」。サントリーコミュニケーションズのデザイン部課長、下山宏治さん(49)は、帰宅時の電車のなかでスマホの歩数計を確認するのが日課だ。
目標は1日1万歩。1駅手前で降りれば、自宅まで約3500歩を増やすことができる。朝も最寄り駅の地下ホームから階段で地上に出て、7階の職場までも歩いて上っている。

歩数をここまで意識するようになったのは、会社が2016年9月に「ヘルスマイレージ」を始めたのがきっかけだ。ウオーキングなどの行動に応じポイントがたまり、賞品に交換できる。「前から歩いているつもりだったが、実際計ってみると1万歩にいかない。とりわけ土日が少ないことが分かった」。今では趣味の映画観賞も、映画館まで片道40分かけて歩く。
サントリーホールディングスは16年、「健康経営宣言」を打ち出した。マイレージ制度もその一環だ。「働き方改革」も同時に進めており、年休の取得でもポイントがつく。同社は13年にいち早く65歳定年制を打ち出した。「社員の健康への投資は大事。健康づくりを継続してもらう後押しにしたい」と千大輔・人事部部長は話す。
社員の健康は、企業の経営にとっての要だ。健康なら生産性が上がる、高齢になっても働き続けることができる。ポイントを通じて、本人の健康への意識を高めてもらう狙いがある。
スマートフォンやパソコンで記録でき、ゲーム感覚で参加できることが多い。ただそれだけではなかなか続かない。トップからの呼びかけなど企業はさまざまな工夫を凝らす。
大和証券グループ本社には、2つのインセンティブがある。1つは16年11月から始めた全社員対象のポイント制度、もう1つは、ベテラン層の社員限定のものだ。
同社には45歳からの自己研さんの取り組みを、55歳以降の給与に反映する仕組みがある。取り組みによるポイントが基準を上回るなど一定の要件を満たすと、給与が1~3割程度優遇される。そのメニューに15年11月から、健康づくりの内容も追加したのだ。
「健康づくりも自己研さん。60代、70代になっても若々しい知力、体力をもって活躍してもらいたい」と人事部健康経営推進課長の安藤宣弘さんは話す。

大和証券ライフプランビジネス部カスタマーサポート課長の原田富さん(46)は、今年度からこの制度の対象になった。腹八分目を心がける「ハラハチ」やウオーキングなどに取り組む。実施状況や体重を毎日、記録することで、少しずつ体重が落ちているのも自覚できているという。「なるべく安心して55歳以降を迎えたい。自己研さんのなかでも、健康増進は手をつけやすく、いい入り口になる。長く活躍できるよう背中を後押ししてもらっている気がする」
職場ぐるみで取り組もうという企業もある。SCSKは15年4月、健康わくわくマイレージを始めた。任意だがほぼ全社員、99%が参加している。特徴は、インセンティブが個人と組織の2階建てになっていることだ。
達成者が多い組織の人は、その分、インセンティブが上乗せされる。「個人の取り組みだけでは限界がある。マネジメントが積極的に関与することで職場も変わっていく」と同社。
企業により取り組む課題は異なる。大事なのはそれにそった運用だ。
ワコールは15年に健康づくりの中期計画を打ち出し、20年までの具体的な数値目標を掲げた。大きな課題は「内外勤格差」の解消だ。販売の一線に立つ外勤者は、健康セミナーなどの機会が少なく、喫煙率や生活習慣病のリスク指数が高めだ。
ポイント制度で使っているアプリは、健康情報の発信に生かすことができ、イベント時には参加者同士でエールを送りあうこともできる。「外勤者の健康リテラシーとコミュニケーションを高めるツールとして、もっと活用したい」(健康保険組合の柏木裕之常務理事)
ポイントで何がもらえるかは、企業により異なる。コンビニなどで使える共通ポイントもあれば、賞品があたる抽選への参加というケースもある。いずれも決して高額ではない。
大事なのは、自主的に健康づくりに取り組むよう、社員の意識改革につなげることだ。ポイント制度はあくまでそのための一歩となる。
医療費抑制へ国も後押し
インセンティブの仕組みは国も後押ししている。2016年に、健康保険の保険者や企業などが取り組む際のガイドラインを作成した。医療費の上昇を抑える狙いがある。
新しい取り組みだけに、検証しながら内容を見直していく工夫が欠かせない。
15年度から「ヘルスケアポイント」を始めたローソン。今年度は、健診結果のチェックやeラーニングなどで意識を高めることに主眼を置いた。もらえるポイントは減るが、もらう難易度は下がる。一方、食事の記録と歩数を組み合わせた「ロカボチャレンジ」に16年度からポイントを付与するなど、新たな取り組みも増やしている。
職場に制度がなくても、自治体が住民向けに手掛けていることもある。なぜ運動や予防が必要なのか、自らしっかり考えるきっかけにしたい。
(編集委員 辻本浩子)
[日本経済新聞夕刊2017年8月29日付]
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