え、丸ごと揚げてフライに? 驚きの南米巻きずし文化
「セニョールの奥さんは日本人なの?」
「そうだよ」
「じゃ、マキつくれるの?」
2014年に南米・ペルーに駐在になった当初、夫(日本人)はオフィスのペルー人にこんなふうによく聞かれたという。「セニョール」はスペイン語で男性の敬称。「マキ」とは「巻きずし」のこと。どうやら「あなたの奥さんが日本人なら巻きずし、作れるんでしょ。いいなぁ! 家でいつも巻きずし食べられて!」ということらしい。
「すし」はもはや日本のものだけでなく世界で通じる共通語、世界で愛されるフィンガーフードであることは知っていたが、ペルーも例外ではない模様。そして「握りずし」よりも「巻きずし」のほうが愛されていることが分かった。
街ではマキのファストフード店をよく見かけるし、習い事でもしようかと訪れたカルチャースクールには「マキ」のレッスンのコースがあった。「日本料理」のコースの一部でも、「クッキング」コースの一部でもなく、独立した「マキ」のコースなのである。
現地で教えたら喜ばれるものを身につけようと渡秘(「秘」はペルーの意)前にけっこうな難関試験を突破して日本語教師の資格をとった私としては、「えっ、現地の人が教えてもらいたいものってマキなわけ?」と拍子抜けしたのを覚えている。
それからエルサルバドルに引っ越したり、それぞれの近隣国を旅したり、全部ではないが中米・南米の国を訪れて現地のすしを垣間見てきた。日本同様のメニューもあるが、なかには「えっ、それ、すしじゃないでしょ」というものも。
すしだと思って食べると日本人としては抵抗したくなるが、単純に「うまいか、まずいか」と聞かれたら意外とおいしかったりもする。今回はそんな中米・南米のすしをご紹介しよう。
我々日本人がもっとも驚愕するすしはなんといっても「フルーツ入りすし」ではなかろうか。こちらはエルサルバドルで食べた「バナナずし」。クリームチーズとえびフライ、アボカドを酢飯で巻いた上にバナナが乗っている。
バナナといっても日本人が想像するのとちょっと違う。中米・南米では調理用バナナというものがあり、焼いたり蒸したりして主食がわりに食べる。味は白インゲン豆とかサツマイモに近い(と私には感じる)。サツマイモの炊き込みご飯があるくらいだから、ご飯との相性は悪くない。
調理用バナナの乗ったすしは、いつもよりほんのり甘みが加わった酢飯というだけでそれほど違和感ナシ。目隠ししてバナナと言われずに食べれば(そこまでして食べる必要もないが)、きっとおいしいと思ってもらえる味だ。
バナナで驚いてはいけない、「マンゴーずし」だってある。同じくエルサルバドルで発見(?)したこの一品はまぐろとアボカドとゆでた「カニ」の脚を酢飯で巻いたうえに薄くスライスしたマンゴーを乗せたもの。
味わってみると、マズくはないが独特の酸味が主張しすぎていて、「別々に食べたほうがいいんじゃないの?」と思ってしまう。酢豚に入ったパイナップルやポテトサラダに入ったリンゴを「許せない」という人には、とうてい受け入れられないに違いない。
ペルーで有名なのは「アセビチャード」というすし。
このコラムでも紹介済みであるが、ペルーには魚介類をレモンでマリネした「セビーチェ」という料理がある。この魚介のうまみが溶け出したマリネ液を「レチェ・デ・ティグレ」(虎の乳)という。夜になると「がおーっ」と虎になってしまうからだそうで、精力剤みたいなものか。これだけを注文して飲む人もいる。
エビフライとクリームチーズを酢飯で巻いたものに刺身を乗せ、このレチェ・デ・ティグレを使ったソースをかけたものが「アセビチャード」だ。セビーチェを乗せたり巻いたりしている店もある。カリッと揚げたえびにキリリと酸っぱいレモン味のソースがとても合う。
このように「しょうゆ」につけて食べると限らないのが南米・中米の巻きずしの面白いところ。甘辛のソースでサーモンを食べる「テリヤキマキ」というものもある。
ほかにも、クリームチーズを巻くのでなく、とろけるチーズを乗せてバーナーであぶったピザ風すしに遭遇したこともあった。「ご飯にチーズ」はドリアなどで親しんだ味ゆえ、こちらは普通においしくいただいた。
いやいや、チーズを乗せてあぶった程度なら日本の回転ずしにもある。そんな声も聞こえてきそうだ。
ならば、これならどうだ、「マキ・フリート」。「フリート(frito)」とは揚げ物の意味。えびフライなどの揚げ物を巻いたものではないぞ! 巻きずしそのものに衣をつけて揚げたものだ。これはペルーやエルサルバドル、パナマ、ブラジルでもよく見られる。
いやー、ここまでくるともはや「すし」じゃないでしょ。そもそも、なぜ世界ですしが人気になったのか? 油を使わないヘルシーフードだからじゃないのか? いいのか、それ。いいのか、キミたち。太ったペルー人やエルサルバドル人がおいしそうに「マキ・フリート」をほおばる姿を見ると、そういいたくなる。
それにしてもなぜこのような「変わりずし」が生まれたのか? もっとも有名な海外発の巻きずし「カリフォルニアロール」にそのヒントがある。
カリフォルニアロールはカニ風味カマボコ(あるいはボイルしたカニ)とアボカド、マヨネーズ、ゴマなどを巻いたもの。1960年代に米ロサンゼルスにあった日本料理店「東京會舘」内のスシ・バーの職人が考案したといわれている。
米国人は箸に不慣れで「握りずし」だとうまくつまめないため、「巻きずし」の形状がよい。当時は生魚を食べる習慣があまりなかったので、具には生の魚を用いずカマボコに。海苔もアメリカ人からすれば「黒い紙」にしか見えず、食欲をそそるものではないから「裏巻き」(海苔が内側でご飯を外側に)に、といった事情からこのようなスタイルが誕生したという。
中米・南米の人も、もともと刺し身を食べる習慣がなかったし、海苔もあまり好きではないようだ。かつて日本人とアルゼンチン人で手巻きずしパーティーをしたときもアルゼンチン人は用意した海苔には手をつけずに、レタスの上にご飯と具を乗せて巻いて食べていたっけ。
そんなわけで中米・南米のすしも「基本は巻きずし」「具は生魚でなくえびフライなど火が通ったものか、チーズやアボカドが使われることが多い」「海苔は使わないか裏巻き」がポイント(つまり、外国人にすしをふるまうときにはこのポイントを押さえるべし)。どの国も似たりよったりで、「この国のすしはこういう傾向がある」とは言い難いのだが、例外もある。
ブラジルである。中米・南米はほとんどがスペイン語圏のなか、数少ないポルトガル語圏のブラジルは食文化でも我が道を行く。ブラジルでは「手巻き」が人気なのだ。数年前から「手巻きずし」専門のファストフード店が爆発的に増えている。その名も「テマケリア」。
ポルトガル語では名詞に「-eria」「-aria」をつけると「〇〇屋さん」という意味になる。アイスクリームを意味する「sorvete」に「-eria」をつけて「sorveteria」でアイスクリーム屋さん、薬は「droga」で「drogaria」は薬屋さんのように。
実はスペイン語も同様で、名詞に「-eria」をつけると「〇〇屋さん」という意味になる。たとえば、本は「libro」で本屋は「libreria」だ。だから、ポルトガル語スペイン語圏に住む日本人は「テマケリア」と聞くと笑ってしまう。
「手巻きに『-eria』つけちゃうかよっ!」とツッコミたくなる。英語の「-er」をつけてマヨネーズ好きな人を「マヨラー」、安室奈美恵さんが好きでファッションなどをまねをする人を「アムラー」と呼ぶと初めて聞いたときの衝撃(笑撃?)に似ている。
具はほかの南米・中米の国同様、サーモンやまぐろ、揚げ物、チーズ、フルーツなどだが、ブラジルでしかお目にかかれない具もある。「にらのバターソテー」と「しめじのバターソテー」だ。
テマケリアのカウンターで職人さんに「あなた、日本人ならこれ食べたいでしょ?」と頼んでもいないのに「にらのバターソテーの手巻き」を出されたという話を聞いたことがある。どうやらその職人さん、日本の定番メニューだと信じこんでいるようだ。ええ、そんなの日本にないですからっ!
以上、ご紹介したような「変わりずし」は海外では「フュージョン」「フュージョンずし」と呼ばれ、日本の伝統的なすしとはまた違うジャンルである。中米・南米にもフュージョンではない本格的な日本のすしを出すお店もわずかながらあることも付け加えておく。
ちなみに、冒頭のペルー人の質問には「マキ、もちろんつくれるよ」とだけ答えたらしい。日本人が日常的にすしをつくるわけじゃないことは言わずもがなである。
(ライター 柏木珠希)
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