30代で会社を継いだ女性2人 社長になる覚悟と軌跡
女性が親の企業を継ぐ事例が増えている。2017年は団塊世代の経営者が70歳を迎える節目。円滑な事業承継のポイントは何か。精密金属加工のダイヤ精機(東京・大田)・諏訪貴子社長(46)と、産業廃棄物処理業の石坂産業(埼玉県三芳町)・石坂典子社長(45)に二世女性経営者としての経験を聞いた。
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経営と人生は一体に 石坂産業の石坂典子社長
――30歳で社長に就任した当時、会社はどんな状況でしたか。
「1999年ごろ、本社に近い埼玉県所沢市でとれた野菜からダイオキシンが検出されたとの報道があり、地域社会からの風当たりが強くなった。父は『廃棄物の埋め立てに歯止めをかけたい』と事業を興した理由や理念を話しており、私から『やらせてくれ』と伝えた。それまで10年ほど石坂産業で働いていたのはネイルサロンを開く資金をためるためだったというのに」
――経営者としての手腕はどう培いましたか。
「社長就任後も父はしばらく代表権を持つ会長だった。経営の相談や決済をもらうために毎朝15分だけ話をしていた。社内改革の話をしても、説明が足りなければ即却下。説得するにはどうしたらいいのか、よく考えるようになり、大変勉強になった」
「女性としてというより、若輩者として年上の従業員には気を使った。社長という肩書になったからといって急に偉そうにはできない。従業員の受け止め方に配慮し、人前では注意しないことなどに気をつけた」
――経営と子育てとの両立も大変だったのでは。
「そもそも子育てをしながら働くこと自体が大変で、役職はあまり関係ない。経営を継ぐ前に子どもが生まれたが、経済的な理由もあり働く選択をした。仕事に育児に休みなくがむしゃらだった。気付いたら授乳しながら寝ていたこともある。両立は大変だが、それだけやりがいを感じられる仕事だった。とにかく時間が一番大事で、両立の工夫の仕方など頭で考える余裕はなかった」
――事業承継で大切なポイントは。
「経営と人生は一体なので、人生を選ぶ覚悟で親の事業を見るといい。売り上げや顧客など今の事業の状況ではなく、社会的価値や事業への思いが大事だ。経営者には時代の変化に合わせて事業内容を変える責任もあるが、ベースにある理念を大切にすべきだ」
「経営者にとって、どのタイミングで継がせるかという判断は非常に難しい。子どもに継がせる際には、男女関係なく経営者としての目線だけで評価してほしい。経営者に大事なのは使命感と責任感と情熱だ。知識や学力が足りなくても、従業員に補ってもらえる」
先代築いた土台に新風 ダイヤ精機の諏訪貴子社長
――父親が創業した企業の社長に32歳の若さで就任しました。率直にどんな気持ちでしたか。
「社員やその家族の生活を背負えるのかと悩んだけれど、腹をくくるしかなかった。就任して最初にしたのは『社長の仕事とは』とインターネットで検索したこと。初めは本当に何をすれば良いのかわからなかった」
「もともと経営を継ぐ気があったわけではない。2004年に父が急逝した。当時、米国に赴任する夫についていき専業主婦になる選択肢もあったが、後悔しない道を歩もうと自らの意思で継ぐことを決めた」
――子育てとの両立は。
「小学校に上がったばかりの子どもがいた。夫は米国だから一人での子育てだ。家に帰っても座ることはなく、家事や育児をしてそのまま寝る生活。とにかく早く動いて時間を作ることを心がけた。今仕事と子育てで苦労している女性には『いつか楽になる』と伝えたい。後で振り返れば懐かしいと思えるはずなのでがんばってほしい」
――経営手法はどう培いましたか。
「大学卒業後に大手メーカーでエンジニアをしていたので、そこで得た生産管理などのノウハウをあてはめていった。売り上げを増やし、原価を低減するという基本を大切にした」
――就任前にしておくべきだったと思うことは。
「創業者である父の経営理念を聞いておきたかった。経営理念は一緒に働く社員との方向性を合わせるためにある。2代目は創業者の理念の下に集まった人たちを引っ張らないといけない。2代目社長の難しい所だと思う」
――後継者は男性であるべきだという風潮が根強い。
「女性でも全く問題ない。ただ、これまでの男性経営者ばかりという世界を見ていると、娘に継がせるのは勇気がいるのかもしれない。娘に自分と同じ苦労をさせたくない父親の気持ちもわかる。もっとも、今は女性に能力も学力もある。親が心配するほどではない」
――事業承継で大事なことは。
「先代への感謝を忘れないことだ。どれだけ能力があっても先代が築いた土台があるからこそ。親子だから難しい部分もあるが、お互い認め合うことで新しい風を入れられるようになる」
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「後継ぎは男」発想転換を ~取材を終えて~
中小企業の後継者問題が取り沙汰されるようになって久しい。民間調査によると、2016年の全国の社長の平均年齢は61歳と高齢化が進み、国内企業の66%で後継者がいないという。少子化を背景に「男性が後継」という従来型の考えは行き詰まっている。
「女に経営はできない」。石坂産業の石坂典子社長は創業者の父にそう言われていたというのが印象的だった。近年ではM&A(合併・買収)を事業承継の手法として進める事例が増えているが、従業員に不安も多いという。「後継ぎは男であるべきだ」との意識を自ら見直し、経営の素質そのものとよく向き合うことで事業承継の視野は広がるだろう。
女性にとっても経営を継ぐのは簡単な判断ではない。東京都で働く20代女性は「今の仕事にやりがいがあるし、結婚も決まっている。地元の東北に戻って家業を継ぐのは考えにくい」と打ち明ける。自身の望むキャリアプランをよく考え、後悔のない道を進むしかない。
(須賀恭平)
[日本経済新聞朝刊2017年8月14日付]
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