国高の小さなエース、甲子園→東大で鍛えた自己責任市川武史・キヤノン半導体デバイス要素開発センター所長が語る(下)

「チームが勝つためには、個人が常にチームが勝つためには自分は何をすべきか考えないといけない。これは野球を通じて強く刷り込まれた」と話す

ちなみに、甲子園出場が決まって注目された時は、文武両道とか頭脳野球とか盛んにマスコミに書かれましたが、勉強で使う脳と野球で使う脳はまったく違いますし、野球の強豪校はみんな頭を使って野球をしています。好意的に取り上げられていたこともあり、まあ、面白おかしく書いているなという感じで報道を見ていましたね。

甲子園では1回戦で強豪の箕島高校に敗れるも、市川投手は一躍、高校球界のスターに。しかし、そのことが進路にも少なからぬ影響を与えた。

子供のころはプロ野球選手を夢見ていましたが、甲子園出場の目標も達成し、また、さらに上のレベルでは力が通用しないこともよくわかっていたので、自分の中では野球はもういいかなと思っていました。でも、周りは放っておいてくれません。聞かれたら、「ドラフトで阪神に指名されたらプロ入りする」と答えるのが、持ちネタでした。

大会終了後はすぐ、受験モードに切り替えました。手を抜いていた文系科目は一からやらなければなりませんでしたし、得意の理系科目も、受験勉強に関しては周りより遅れているのは明らかだったので、必死でした。

最初は東京工業大学を念頭に置いていましたが、マスコミに「市川投手は東大進学」と勝手に書かれ、なんとなく東大を受けざるを得ないような雰囲気になっていました。

さらには、信頼していた数学の先生から、授業中にいきなり「お前は東大に行け」と言われたのが決め手となり、そんなものだろうと、目標を東大に変更。しかし、結局、準備不足で不合格に。私立大学は受けていなかったので、どこにも入れず浪人しました。

野球部の同期では、ひとり天才的に勉強のできるやつがいて、彼は現役で東大に入りました。結局、私も含めた一浪組も入れて、野球部の同期からは4人が東大に入りました。

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