マジメ過ぎ? 改良フィット、ホンダのエンジニア直撃

時の流れを感じさせる出会いがあった。大幅改良が施されたホンダ「フィット」のマイナーチェンジ、開発LPL(ラージプロジェクトリーダー、いわゆるチーフエンジニア)はなんと小沢がホンダに勤めていた時代の同期エンジニアだったのだ。一時はトヨタ「カローラ」を抜いて新国民車になった人気コンパクトだが、現行3代目は多発したリコールや時代の変化もあって国内の月間販売台数は一時ほどではない。今回はどういう視点で、どれほどマジメな改良が加えられたのだろうか。
同じ鈴鹿製作所で共に過ごしたLPL
小沢コージ(以下、小沢) おお! まさかこんなところでお会いするとは。ホンダ同期入社の磯貝君(笑)。現行「フィット シャトル」のLPLもやってたよね。
磯貝尚弘(以下、磯貝) お久しぶり、確か鈴鹿製作所の稲生寮で隣部屋だったよね。シャトルの発表は2015年の6月ぐらいだったから、あれから2年はたつかな。
小沢 しかし、まさか磯貝がフィットのLPLになる日が来るとは。フィットって今やホンダの世界的大黒柱でしょ?
磯貝 それってどういう意味よ! でもまあ、たまたまですよ(笑)。
小沢 いつの間にかホンダ期待の大型LPLになっていたと。素晴らしい。ところで3代目フィット、年間何万台ぐらい売れてるんでしょう?
磯貝 国内ではリコールもあったので少し落ち着いてますけど、今回は年間12万~13万台を計画してます。
小沢 グローバルでは?
磯貝 全世界でいうと累計で約670万台。北米から欧州、中国からマレーシア、インド、台湾など世界120カ国・地域以上で販売しています。市場ボリュームが大きいのは中国で、一番売れてるのは日本と中国ですね。
小沢 まさに大黒柱ってわけですが、この日本に限って言うと、正直、今は落ちちゃってますね。月販ランクはだいたい5位以下で、初代フィットが出たときは翌2002年には33年間連続ナンバーワンのカローラを抜いて1位になったほどなのに。ところで3代目フィットのマイチェンは初めてじゃなかったよね?
磯貝 マイナーチェンジはこれまでに2回していて、3代目フィットとしてのリコールは7回、なかでもトランスミッション(7速DCT)に関しては3回もやってます。

信頼回復のために何をしたか?
小沢 最も聞きたいポイントはそこなんですけど、今の3代目フィットは新型ハイブリッドシステムで不具合を連発して自滅した部分があるでしょう。そのなかで磯貝君にはどういうタスクが課せられていたのかと。
磯貝 フィットは確かにホンダの大黒柱じゃないですか。そこでイメージが良くなかった部分、お客様にご迷惑をおかけした部分があって、それを商品を軸にブラッシュアップして再び信用してもらえるようにしようと。言い方としては失礼になってしまうかもしれませんが、改めて全体のクオリティーを上げてお客様に認めていただくために、きちんと向かい合っていかなければならないと考えたんです。
小沢 そうか。だからこんなに全面的に良くなってるんだ。まず乗ってビックリしたのは室内の質感で随所に上がってるし、シートも座り心地が良くなってる。

磯貝 シートは表皮を変えただけなんですが、他にも細かく色々変えています。
小沢 走行中の室内も静かになったし、ハンドリングもしっとり上質になってる。前はもっとキビキビ感が全面に出てたような?
磯貝 以前のほうが少し子どもっぽくて、今回は大人っぽくなってますかね。
小沢 なにより問題の1.5Lハイブリッドが格段に滑らかになってます。前はもっとギアショックが伝わってきたし、今回はアクセルを踏むなりグッと滑らかに厚みのある加速が。
磯貝 前は少しガチャガチャしてたかもしれませんが、今回は制御関係も見直してつながりが良くなっていますし、全体的にかなり進化してるのではないかと思います。もっともそこは、お客様が判断されることなので、なんとも言えませんけど。

厳しくシビアに見られている
小沢 随分謙虚だなぁ。要するに磯貝君のタスクは信頼回復であって、失敗した夫が家族の信用を取り戻すような行為ってわけね。それって責任が重いと思うんですよね。なにより大変だし。
磯貝 ちゃんとつないでいかないといけないなと思っています。一歩間違えたら、フィットというブランドが悪いイメージになってしまうし、それは長年培ったホンダの財産なので。
小沢 今やフィットはホンダの顔だしね、特に日本じゃ。初代モデルがカローラを破ったのはもちろん、「N-BOX」がいくら売れてるとはいえ、ホンダのメインは軽自動車じゃないでしょう。
磯貝 いずれにせよクルマを買う、買わないはお客様が決めることですから、なるべくしてなった結果ではないでしょうか。
小沢 ところで今回、結局のところフィットが売れなくなってきた一番の理由とはなんでしょうか。
磯貝 信用じゃないでしょうか。それから目に見えない部分で、ブランドに対する不安みたいなものも生まれたんじゃないかと。

小沢 振り返ると僕が思うに、初代はすべてが圧倒的だったと思うんですね。スタイルは尖ってはなかったけどスマートで、それでいて車内が異様に広くて燃費もダントツで、ハンドリングもシャープだったりほかにはないものを全部持っていた。当時は「フィットを買ってればとりあえずオッケー!」だったんです。ところアドバンテージは2代目でちょっと減って、3代目の新ハイブリッドで回復したと思ったらリコール連発。結局、トヨタ「アクア」や日産「ノート」、マツダ「デミオ」といろいろ追い付かれてしまった。今や燃費ならアクアだし、広さならノート、質感ならデミオでしょう?
磯貝 まあ、そう判断されているのかもしれません。
小沢 お客様はやっぱり厳しいと。
磯貝 厳しいです。見ているところはとてもシビアだと思います。
小沢 とにかくコツコツ、マジメにやるしかないと。

何で勝つか、を導き出さないと
小沢 ところで今、このクラスに求められているものって何なのでしょう。
磯貝 今はみんなが追従してきて、どんぐりの背比べになってるところもあると思います。その中でアクアなら燃費というイメージが定着したり、微妙に変わってきている。
小沢 でもユーザーって言うほど燃費を厳密には見てないと思うんですよ。毎回入れたガソリン量と走行距離で燃費を測って比べてる人なんてほとんどいない。
磯貝 そこはイメージでしょう。圧倒的な差がない限りは結局どんぐりの背比べ。
小沢 そう考えると、結局大衆車ってアイドルみたいなものかなと思うんですよ。一時、SMAPがすごく売れていたときは、彼らが一番オシャレでカッコよくて、歌も踊りもすごいみたいなところがあった。ところが時代が変わってイメージが微妙に変わってきて、気づいたら他にすごいグループも出てきたみたいな。大衆車ってそういうところがありますよね。厳密にスペックをきっちり比べて買っているかというと、そうではなくて、漠然としたイメージ。結局、今後このクラスはどういう勝負になると思いますか?
磯貝 たとえがものすごいな(笑)。ただそれは確かにそういう部分はあって、もちろん細かいスペック競争は続くでしょうが、今後、何で勝っていくのかを導き出さないと。次の担当者が悩まないといけないところですね。それが広さになるのか、燃費になるのか、他にない電動パワーになるのかは分からないですが。
小沢 なるほど。次の日本のコンパクトカーのトレンドをいかにつくるか、ですね。磯貝君には頑張ってほしいところですが。
磯貝 それは分からないです。そもそも誰が担当するかも分かりませんから(笑)。

自動車からスクーターから時計まで斬るバラエティー自動車ジャーナリスト。連載は日経トレンディネット「ビューティフルカー」のほか、『ベストカー』『時計Begin』『MonoMax』『夕刊フジ』『週刊プレイボーイ』、不定期で『carview!』『VividCar』などに寄稿。著書に『クルマ界のすごい12人』(新潮新書)『車の運転が怖い人のためのドライブ上達読本』(宝島社)など。愛車はロールスロイス・コーニッシュクーペ、シティ・カブリオレなど。
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