社会貢献への投融資、壁厚く 信頼性の確保も課題
教育や福祉、環境をはじめとする様々な領域で問題を抱える世界の国々では、貧困対策や健康事業などに取り組む「社会的企業」やNPOが課題の解決を目指して活動しています。こうした活動を支援する方法の一つとして「社会的インパクト投資」があります。課題の解決に取り組む組織に資金を提供し、経済上の見返りも求める民間の投融資を指し、欧米を中心に急拡大しています。
例えば、投資家が社会的企業に出資をする場合、事業の内容と、採算や配当の可能性を投資の判断基準にします。収益だけでなく、社会への貢献を意識する投資家が増えているのです。ある英国の投資ファンドは健康や教育の分野で活動する組織に1件当たり最大約30億円を提供し、最大で20倍超のリターンを得ました。世界のインパクト投資は2015年で約8兆円となり、3年間で2倍に増えました。一方、日本のインパクト投資は16年で300億円を上回り、2年間で2倍に増えたとの試算がありますが、なお小規模です。
その背景には、行政の補助金や財団からの助成金の存在があります。日本では、教育や福祉といった分野への助成金が約1千億円(15年時点)に達し、インパクト投資を上回っています。NPOに業務を委託して補助金を出し、経費を減らそうとする自治体と、寄付金が伸び悩む中で補助金を収入源としたいNPOの思惑が一致し、補助金も膨らんでいます。ネット企業などが加盟する新経済連盟の関聡司事務局長は「資金の使い道に制約がある補助金は、民間の自主性や創意工夫をそぎかねない。財政難で先細りになる可能性もある」と主張し、民間主導のインパクト投資に期待しています。
「日本ではNPOへの信頼が十分ではない」(大和総研の亀井亜希子研究員)ため、個人や企業が資金の提供に慎重になる面もあります。日本ファンドレイジング協会の鴨崎貴泰事務局長は「優良な投資先が明確になれば、日本でもインパクト投資は伸びる」とみています。NPOや社会的企業の信頼性を評価する制度がある英米にならい、日本にも認証制度を設けるべきだとの声も強まっています。
大和総研の亀井亜希子研究員「社会的インパクト投資で課題解決を」
教育や福祉、健康、環境問題などに取り組む民間の組織に資金を提供する「社会的インパクト投資」の中で、主要国が注目している手法が「ソーシャル・インパクト・ボンド」(SIB)です。SIB事業に詳しい大和総研の亀井亜希子研究員に、今後の展望を聞きました。
――SIB事業とはどんな仕組みですか。
「典型的なパターンを挙げます。SIBの運営にあたる中間組織がまず、投資家から集めた民間の資金をNPO法人に提供し、NPO法人はその資金を使って事業に取り組みます。行政コストが減るといった成果が生まれた場合、自治体は『成果報酬』を中間組織に支払います。NPO法人は成果に応じて報酬が得られるため、事業の質(付加価値)を高める動機が生まれます。しかも、その成果は大学や研究機関といった第三者機関が評価するので、透明性が増します。自治体による行政サービスや財団による助成事業、ベンチャー・フィランソロピー(慈善事業)とは異なり、官民が協力して社会的インパクトと経済的な収益の両立を目指す仕組みといえます」
「2010年9月から16年6月の間にスタートしたSIB事業は世界全体で60件(15カ国)、投資額は2.16億ドルにのぼっています。16年6月時点ですでに終了している事業は16件で、そのうち15件は投資家にリターンがあり、成果が出ずに打ち切りになった事業は1件だけでした。件数が31件と圧倒的に多い英国では、政府主導でSIB事業に関わる組織を支援し、実績を伸ばしてきました」
――日本での取り組みは。
「13年、主要国首脳会議(サミット)の議長国だった英国の呼びかけで『G8インパクト投資タスクフォース』が発足し、インパクト投資を推進しています。日本にも下部組織として国内諮問委員会ができました。16年6月時点の調査では日本の実績はありませんが、日本政府もSIB事業の普及に注力するようになり、15年度以降はSIB事業を国の成長戦略に盛り込んでいます。15年度には民間主導で実証実験が始まり、16年度からは短期間に実施する事例も出始めています」
――どんな事業が有望ですか。
「例えば経済産業省は17年度から、大腸がん検診の受診を推奨する事業や、糖尿病の重症化を防ぐ事業への支援を始めています。世界の事例をみると、若者の就労支援、生活困窮者の支援、生活習慣病や介護の予防といったテーマが多く、日本でも雇用、福祉や健康の分野が中心になりそうです」
――SIB事業は日本でも拡大しますか。
「新たな資金源として、10年以上資金の出し入れがない『休眠預金』に注目しています。16年に休眠預金活用法が成立し、SIB事業にも一部が配分される見通しです。実際に休眠預金がSIBに回るのは19年秋以降になりそうですが、新たな資金の流れができると期待しています」
(編集委員 前田裕之)
ワークスタイルや暮らし・家計管理に役立つノウハウなどをまとめています。
※ NIKKEI STYLE は2023年にリニューアルしました。これまでに公開したコンテンツのほとんどは日経電子版などで引き続きご覧いただけます。