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小川典子さん「浜松国際から世界に直接ピアニストを」

2017/7/22

 ピアニストの小川典子さんが2018年第10回浜松国際ピアノコンクールの審査委員長に就任した。自らも英リーズ国際ピアノコンクールで3位に入賞し、英国を拠点に活躍し始めた経歴を持つ。「浜松から世界のひのき舞台へ直接ピアニストを送り込む」ことを目標に掲げる小川さんに、自身の演奏やコンクールについて聞いた。

 「優勝する必要はない」。審査委員長にしては意外な言葉が小川さんから飛び出す。世界三大ピアノコンクールはポーランドのショパン国際ピアノコンクールとロシアのチャイコフスキー国際コンクール、ベルギーのエリザベート王妃国際音楽コンクール。これに英国のリーズ国際を加えて世界四大ピアノコンクールとも呼ばれる。小川さんは1987年のリーズで3位に入賞した。米国のジュリアード音楽院を卒業した彼女が英国を拠点に欧州で活躍するようになったのも「リーズで3位になったおかげだ」と話す。

個性の強いピアニストを浜松から世界へ送り出す

 高音質の録音で知られる北欧最大のクラシック音楽レーベル、スウェーデンのBISレコードと専属契約し、これまで約30枚のアルバムCDを出してきた。「ドビュッシー・ピアノ曲全集」や「モーツァルト・ピアノ・ソナタ集」、武満徹の作品を収めたCDなどが欧州で高い評価を受けている。英国だけでなく欧州各地で精力的に演奏活動を続けてきた。そして浜松国際ピアノコンクールの審査委員長に就任した。ヤマハや河合楽器製作所が本社を構える浜松市。日本が世界に誇る楽器産業の都市で1991年に始まった浜松国際は3年に1回のペースで開催される。第10回は18年11月7~25日にアクトシティ浜松で開かれる。小川さんはこの第10回の審査委員長を務める。中村紘子さん、海老彰子さんら著名ピアニストが歴任してきた権威あるポストだ。彼女を含め計11人の審査委員が担当する。

インタビューに答えるピアニストの小川典子さん。聞き手は池上輝彦(7月6日、東京・銀座のヤマハホール)

 ――審査委員長として浜松国際をどんなピアノコンクールにしたいか。

 「浜松国際はすでに成熟しているコンクールで、世界的なピアニストを輩出している。私の一番の目標は浜松から直接世界のひのき舞台へピアニストを送り込むことだ。今までも素晴らしいピアニストが出場していたが、浜松の後にショパン国際やチャイコフスキー国際に行って優秀な成績を収めてくれることで、浜松は喜ばしい気持ちになっていた。私はもう一歩先へ進んで、浜松から直接、仕事のできるピアニストをたくさん生み出したいと思っている。私自身がリーズで第3位だったが、今もピアニストとして生きていけるのは、リーズが私をピアニストとして離陸するのを助けてくれたからだ。その気持ちが強いので、浜松も若いピアニストたちが離陸し、自分の力で水平飛行に持って行けるようなコンクールにしたい」

 ――コンクールで変えるべき点はあるか。

 「課題曲では若干の変更はあるが、コンクールとしては形が整っているので、大きな変化はない。私がいま力を注いでいるのは、コンクールの後、ご褒美として付いてくる演奏会の充実だ。これが最も大事だと思っている。私はリーズ入賞のおかげで英国にいることが多いので、英国でのネットワークを使って、もっと英語圏の演奏会で入賞者が露出できるよう、工夫して頑張っているところだ」

 ――国際的に活躍できるピアニストの条件とは。

 「ピアノが弾けなければどうしようもないが、やはり体力が必要だ。自分がどのくらいできるかが分かっているピアニストでもなければならない。自分の企画を持ち、何を、どこで、誰のために弾きたいかという望みと、それを実現したいという気持ちの強いピアニストであることが今の時代では大切だ。単に弾けるだけでは今はキャリアを積むのが難しくなった。自分の意見を持って個性を打ち出せるピアニストを探している」

得意なものを伸ばして自分を最も輝かせる

 ――日本人が世界で活躍するには何が必要か。

 「浜松国際が日本で開かれるコンクールだからといって、日本人が有利だということは全くない。どの国のピアニストが優勝するかは分からない。ただ、優勝する必要はないということも私は言っておきたい。もちろん優勝者を出すことがコンクールの最大の目的だ。でもコネクションが何もなくても、みんなが平等の機会を与えられ、人の目に触れるのがコンクールの特色だ。有力者を知っている必要もなく、実力だけで挑むことができる。こうした条件の中で、私たち日本人に一つだけアドバイスするとしたら、得意なものをできるだけ伸ばして出場してください、ということだ。苦手なものを克服するのではない。得意な演奏を伸ばし、自分が一番輝く姿を見せてほしい」

シューマン「幻想曲」第2楽章を試奏するピアニストの小川典子さん(7月6日、東京・銀座のヤマハホール)

 ――小川さん自身はどんな演奏を心掛けてきたか。

 「私も最初は苦手な曲や作曲家を克服しようとしてコンクールを受け、うまくいったり、いかなかったりした。だがプロになって同業のピアニストたちの行動を見て、得意なものを伸ばすべきだと学んだ。特に私が暮らす英国の場合は、自分で演奏会を企画し、自分で音楽祭までつくってしまうピアニストがたくさんいる。彼らが言うには『こういう演奏会を頼まれたが、自分には関係のないレパートリーなので、ノリコ、弾いてちょうだい』と。そういう連絡が時々来ることがあり、そうなのかと目からうろこが落ちた」

 「特にレコーディングは後世に残していくものなので、得意な曲を弾くべきだ。ドビュッシーを録音したいと言ったときにはみんなに驚かれた。当時の私が醸し出すイメージは、バリバリと強い音で弾いていくタイプだったからだ。でも私は好きな曲を残しておきたいと考え、BISレコードに無理にお願いして録音した。私は小さい頃から隠れてドビュッシーを弾いていた。アンドレ・ワッツさんがドビュッシーの『映像』を弾くのをテレビで見て、世の中にこんなきれいな曲があるのかとびっくりした。その後誰の影響を受けるでもなく、ずっとドビュッシーの『映像』を弾いてみたいという気持ちが続いていた。私はピアノの美しい音色を探究する世界に引かれていて、ドビュッシーの作品が音色の表現に最も適していた。やはり好きなものを録音すると結果も良く、ドビュッシーの全集は今ではボックスCDセットにもなって売られている。実演でも好きな曲を弾きたい気持ちが強い。自分ではドビュッシーや武満徹の作品がいちばん得意な感じがある」

 「でも最近は、ピアノの楽器としての発展と作曲家が訴えたい気持ちの強さを考慮すると、やはりピアニストはベートーベンからシューベルト、シューマン、ブラームスあたりまでの作品に戻っていくものだと感じ始めている。彼らは作曲家がどうしても言いたくてたまらないものをピアノに込めてくれた。その気持ちが分かるようになってきた」

歯切れの良いブライトな音色のシューマン

 7月7日、東京・銀座のヤマハホールで「小川典子ピアノ・リサイタル」が開かれた。小学生時代に「桐朋学園子供のための音楽教室」に通っていた小川さんは、成績優秀者が演奏できることになっていた同ホールに憧れを持っていたそうだ。この日の演目にはモーツァルトやシューマン、ブラームスなど、当時練習していた懐かしい作品を並べた。今回の映像では公演前日の6日、リサイタルに向けてシューマンの「幻想曲ハ長調作品17」を練習する様子を捉えている。行進曲風の第2楽章は、音がひび割れるのではないかと思えるほど、強く歯切れの良いブライトな音色が印象的だ。

浜松国際ピアノコンクールについて語るピアニストの小川典子さん(7月6日、東京・銀座のヤマハホール)

 7日の本公演でも強い音がそれぞれの作品の輪郭を明快に描いていた。モーツァルトの「ピアノソナタ第3番」と「同11番『トルコ行進曲付き』」は独特の緩急と強弱を付けながらも、一つ一つの音符がくっきりと浮かび上がる演奏だった。それにしても全体に音量の大きなピアノだ。リストの「ラ・カンパネラ」では冒頭から強い音が鳴り響いていた。これまでライブで聴いた「ラ・カンパネラ」の中では最も大きな音量の演奏だった。ブラームスの「6つの小品」の「間奏曲イ長調作品118の2」は、内省的で親密なロマンチシズムの響きを印象として持っていただけに、明るく大きな音の演奏には平板な感じもあり、やや違和感を持った。しかしこれが彼女の個性なのだろう。シューマンの「幻想曲」第3楽章では、この作曲家の繊細な内面をのぞき見るような、奥行きのある静かなアルペジオ(分散和音)が聴けた。

 ――リハーサルでシューマン「幻想曲」第2楽章はブライトな感じが出ていたが、自身はどう思うか。

 「シューマンの『幻想曲』には彼の個人的な思いが込められている。それは恋人クララへの愛だ。厳しいピアノ教師だったクララの父にシューマンはよく思われておらず、祝福されない愛だった。第1楽章では、やり場のない感情が、いびつなリズムやテンポの変化によって表現されている。第2楽章になると『うまくいくかもしれない』という楽観的な気持ちが急に出てくる。第3楽章ではまた深い思いに入っていって、最後には感情が盛り上がって爆発する。1人の女性を思う気持ちがこれだけスケールの大きな作品になる。付点のリズムの第2楽章だけを聴けば、すべてうまくいくと聴き手も思えてくる」

ピアニスト小川典子さんのリハーサル(7月6日、東京・銀座のヤマハホール)

 「スキップしているような行進曲風の第2楽章は音が大きい。私の演奏は音量が出る。音量を出す技術をほぼ独学で編み出した。子供の頃は『典子ちゃんはきれいに弾くけれど、弱音器を付けているみたいに音が小さい』と言われた。今は大きな音を出せる。自分で編み出したこの手法を誰かに伝えていきたい」

 「逆に、弱い音の出し方は、大人になってドビュッシーや武満徹の作品をレコーディングしながら学んだ。BIS社が使っているマイクは性能が非常に良く、すごく広いダイナミックレンジ(強弱の幅)を要求される。弱い音を適当に弾くのは許されない。いくら弱く弾いても『もっと弱く弾いて』とプロデューサーに言われてケンカになってしまうほどだ。それほどまでにダイナミックレンジの広さを要求されたため、弱い音を出す勉強をすることができた。でも私はあまりソフトペダルを使わない。できるだけ指だけで弱く弾くように工夫している」

日本の現代作曲家の作品を欧州で演奏し紹介

 ――自身の演奏法で取り組もうとしていることは。

 「演奏技術面ではあまりない。音色や音量に関しては自分の奏法に納得がいっている。私は多忙な先生や病気がちの先生に教わっていたので、レッスンの回数が少ない環境で育った。レッスンの日の間隔が長く空く状況だったので、自分で何とかしなければならなかった時期が非常に長い。このため学生を教える場合にも、今この人はここを困っているというのがすぐ分かるので、それを技術的に解決するのが得意だと思っている。大掛かりな芸術の話をして教えても学生は分からない。具体的に指の動かし方をこうすればこんな音が出るという教え方を心掛けている」

 ――欧州での演奏活動で力を入れていることは。

「英国に行って日本人としてのアイデンティティーが強くなった。それまでは西洋がすばらしいと思っている一人だった。英国でいろんな人に会うにつれて、日本人としての誇りを持つようになった。それで現代日本の作曲家に新作を書いてくれるようお願いするようになった。日本人の作品を演奏会に織り込むことによって、アップデートされた日本を紹介できると考えている。これまで英国在住の藤倉大さんのほか、菅野由弘さん、山根明季子さんらの作品を弾いてきた。欧州での聴き手の反応はもちろんいい。また、滝廉太郎(1879~1903年)には日本ピアノ作品のあけぼのとなる作品が2曲ある。現代音楽よりも感情移入型の作品を好みそうな国では滝廉太郎のピアノ曲も弾いている」

 「(自閉症や障がいのある子供と暮らす両親など、日ごろ夜のコンサートに行けない人々を対象にした)『ジェイミーのコンサート』という演奏会も2004年から続けている。私の情熱一つで、たくさんの人々に支えられながら今も続いている。これは英国で私の個性的な活動だと認識されるようになった。浜松国際に出場するピアニストも将来、こうした企画を自ら見つけて活動していければいいと思う」

英国を拠点にした自らの演奏活動についても語るピアニストの小川典子さん(7月6日、東京・銀座のヤマハホール)

 ――最近はエフゲニー・キーシンさんのようにコンクールを経ずに世界で活躍するピアニストもいる。コンクール出場の意味は何か。

 「キーシンさんはモスクワのロシア音楽界の中枢で育った人で、小さい頃から注目されていた。もちろん本人も素晴らしい上に、周りのサポートもあったから、デビューし活躍することができた。しかし私を含めほとんどの人はそんな恵まれた環境にはいない。ピアニストとして生きていきたい人たちが全員、音楽事務所や放送局の関係者を知っているわけでもない。コンクールに出場し、音楽業界の人に巡り合えれば、どんな人にもデビューする機会ができる。しゃかりきになって練習するので、コンクールに出るたびに上達もする」

小説のような感動的なドラマが生まれる

 ――恩田陸さんの長編小説「蜜蜂と遠雷」は浜松国際ピアノコンクールをモデルにしている。小説のようなドラマは繰り広げられるか。

 「友達同士の出場者が助け合うのはいいが、直前まで客席で聴いているのは無理。呼び出し時間までに係員に自分の所在を明らかにしておかないといけないので、出場者はあまり他人の演奏を聴けない。時間の合間があれば練習もしなければいけない。それに審査委員は互いに演奏についての話ができない。コンクールでは感情を表すことができない。審査に影響しかねないから禁物だ。コンクールが始まってからの審査委員長の仕事は、審査委員全員がきっちりと規則を守って、公平な審査を続けるようにすること。審査委員長も平等に同じ1票しか持たず、採点方法も同じ。私を含め審査委員11人がずっとポーカーフェースで過ごさなければならない。これは本当につらいことだ。店や廊下、階段など、場所の雰囲気は小説に出てくる通りだ」

 「でも小説になりそうなドラマが生まれないわけでもない。昨年、シドニー国際コンクールに審査委員として行ったとき、私が第3位だったリーズで第2位を受賞したオーストラリア人(イアン・マンロー氏)に29年ぶりに再会した。2人で一緒にランチに行って、本当に感動的だった。映画のように互いに見つめ合って、『2人ともピアノを弾き続けているね』と語り合った。互いに泣き出してしまうのではないかと思った。浜松国際からもぜひ将来、そんな感動的な再会ができるピアニストを世界のひのき舞台に送り込みたい」

 恩田陸さんの小説によって一段と知名度が高まりつつある浜松国際ピアノコンクール。小川さんが弾く凱歌(がいか)風のシューマン「幻想曲」第2楽章からは、世界五大コンクールの一角を目指す審査委員長の意気込みが感じられた。

(映像報道部シニア・エディター 池上輝彦)

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