闘病ブログ、心の支えに 肉声で体験語るサイトも
6月下旬死去したフリーアナウンサーの小林麻央さんが書きつづったブログが話題になったが、ネット上では同じような闘病記が増え続けている。病気の悩みを打ち明ける患者に、同じ体験を持つ人がアドバイスや激励を書き込み、体験や情報を共有する。そこにあるのは、肉親や親友ほど親密ではないが他人の疎遠さでもない「2.5人称」の距離感。ネットで広がる共感が闘病の勇気を支える。
「短い余命が更に縮むんじゃないかと発狂しそうです」。6月初め、埼玉県に住む漫画家、つかじ俊さん(26)がブログに書き込むと、「私もどれだけ泣いたか分かりません」「克服できるよう、祈っています」と応援のメッセージが次々書き込まれた。
検診で大腸がんが見つかったのが1年半前。ステージ3だった。「日記なんて書いたこともなかったが、ブログなら気が楽。どうせなら記録を残しておきたいと思った」
患者をつなぐ
入院中はベッドの上からスマートフォン(スマホ)を使って体調の変化を入力。ツイッターでの発信も始めたが、4月には余命を宣告され覚悟を決めた。メッセージをくれる人と面識はほとんどないが、同じがん患者同士。その一言が心を支える。
卵巣がんと闘う大阪府のサオリさん(37)もブログをきっかけに患者とつながった。「当初は周りに、同世代の患者が居なくて相談すらできなかった。不安な気持ちをはき出すためのブログだった」が、次第に同じ境遇の患者からコメントが届くように。「独りやないんや、と勇気をもらった」。がんが見つかって4年。ネットで知り合った仲間は、「友人や家族以上に素直に話せる存在」だ。
「ネット上の付き合いだけの人でも、亡くなると喪失感を感じる。それはリアルの世界と同じ」と語るのは大腸がんを経過観察中の、いきてるさん(57)。再発が不安で、自分より病が進行している人や既に亡くなった人のブログをたまに読む。そこからは病院で医師から聞く説明では分からない生と病が、よりリアルな言葉で伝わってくる。「自分の近未来を疑似体験しているのかもしれない」
ネットの中でより広範囲に交流する動きもある。ステージ4の胆管がんで、小学3年生の子供がいる西口洋平さん(37)は昨年4月、交流サイト「キャンサーペアレンツ」を立ち上げた。子供を持つがん患者に限定したサイトの登録者は1100人を超え、今も増え続ける。年齢も境遇も似かよっているから「お互い同情し合うというより、一体感の意識が強い」。
西口さん自身、サイトで交流していると「ずっと生き続けられるのではという錯覚すら覚える」という。心の癒やしやよりどころを既存の宗教に求めようという気持ちは全く生まれない。「むしろ、交流サイトが目に見えない神のような存在。ずっと続いてほしい」
ただ、お互いを知っているようで知らない「2.5人称」の関係には、時に不確実な情報も紛れ込む。
「突然コメントが来て読んでみたら、怪しい健康食品の宣伝だったということが、よくあります」と、ある闘病ブログの筆者は話す。特定の医療手法や医療機関を勧めるメッセージも頻繁に届く。「不安を抱えるから、思わず飛びつきそうになる。それが怖い」
うのみは危険
闘病ブログの内容も、患者本人が書いたからといってすべてが信頼できるわけではない。患者の生の声を大学の実習に取り入れている小橋元・独協医科大学教授は「ネット上のコメントには医学的に間違った情報が含まれることもある。検証せず、うのみにするのは危険」と注意を促す。
ならばもう半歩踏み出し、2人称に近い立場で――。患者自らが登場し、体験を肉声で語りかけるサイトがある。
NPOのディペックス・ジャパン(東京・中央)は乳がん、前立腺がん、認知症などの患者をインタビューし、映像をネットで公開する活動を続けている。既に約230人分を収録。医学的にチェックした上で患者の語りを公開する。「顔が見え生の声が聞こえる動画には、活字情報にはない説得力と癒やしがある」と事務局長の佐久間りかさん(57)は指摘する。
東京都の秋元るみ子さん(65)は乳がんの再発予防治療の副作用で心身共に苦しんだ体験をこのサイトで語りかけた。「私は珍しい症例だが、同じ体験をする人はいるはず。きっと誰かの役に立つ」と確信している。
ネット時代、発信が急増
闘病記はがん患者の増加と共に増えてきた。当初は病と全面的に闘う内容が多かったが、がん告知が一般的になると、共生を主張する闘病記が目立つようになる。闘病体験を記した書籍は海外にもあるが、「闘病記」がジャンルとして確立している国は日本以外にはほとんどない。約1800冊を集めた闘病記文庫がある東京都立中央図書館(東京・港)など、専門コーナーを設ける図書館も多い。
ネット時代になり、闘病の発信は飛躍的に増えた。ネット闘病記を集めるサイト「TOBYO」に登録されているブログやツイッターは5万7千件近く。毎年5千ほどが新たに加わる。
悲壮感は消え、身辺雑記のように淡々と書き連ねる内容が大半。サイト運営会社によると約7割が女性患者で、最近はスマホでの入力が増えた。「文章が短くなり、絵文字が目立ってきた」
本人の死亡後も遺族らが閉鎖しなければ、闘病記はネット上に残る。故人のサイトに詳しいジャーナリストの古田雄介さんは、「定期的に追悼コメントが書き込まれ、死後も生き続けるネット闘病記がかなりある」と指摘する。
(田辺省二)
[日本経済新聞夕刊2017年7月18日付]
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