母との絶縁 されて嫌だった子育ては絶対したくない
『家族最後の日』『かなわない』など、二人の娘さんとラッパーの夫ECDさんとの暮らしを、淡々とした文章で綴ったエッセーが、話題を呼んでいる写真家の植本一子さん。1歳半違いの子どもたちを抱えた「ワンオペ育児」に限界を感じたり、夫へのいら立ちが爆発したり、仕事と育児の両立に悩みながらも、慌ただしく過ぎゆく分刻みの毎日―――。多くの働くママに思い当たる経験が少なからずあることでしょう。
幸せなはずなのに、孤独で苦しい。思うとおりに行かない子育ての大変な時期を乗り越えるため気持ちに蓋をし、つい流していきそうになる日常を、植本さんは目をそらさず丁寧に心の奥を見つめながら記録し続けています。最新刊『家族最後の日』では、「義理の弟の自死」「実母との絶縁」そして「夫のがん発覚」と、家族を取り巻く3つの重いテーマと向かいつつも、自分の正直な気持ちを隠さず、もがき、真っ向から向き合っていく言葉が印象的です。そんな植本さんに、「家族」、そして「母であること」について聞きました。
第二子出産 家にこもって誰とも話せない日々
――過去の著書の中では、(現在は小1となった)次女が生まれた直後からの2、3年はすごく忙しく、「孤独な育児で日々がつらい」ということを書かれていましたね。喜びの瞬間もたくさんあるけれど、逃げ出したくなるような大変でつらいことにも直面する子育ての現実。両方入り混じるその感情にとても共感しました。植本さんが、これまでで一番育児が大変だと感じた時期はやはりそのころだったのでしょうか?
えーっ、一番、いつだろう? 子育ての大変な時期で鮮明だった記憶も、時間とともに不思議と薄れていくものなんですよね(笑)。……でも下の娘が年子で生まれた新生児のときが、やっぱり一番きつかったですかね。上の娘もまだ1歳半、新生児と私と3人でずっと家にいて。そのときはものすごく大変で、今となってはあんまり記憶が残っていないくらいなんです。当時は旦那さんも普通に働いていたし(注:ミュージシャンである夫・ECDさんは現在病気療養中)、家にこもって、誰ともしゃべることができない日も珍しくなかった。ほんとに、地獄でした……思い出すと怖い~!
――年子での出産は、新生児期は特に大変ですよね。産後、里帰りなどはしなかったのでしょうか。
実母に手伝いに来てもらっていたんですけど、結局、一週間もたなかったんです。
――それは、なぜでしょうか?
私と母とはずっと折り合いが悪かったんです。長女の出産のときは2週間来てもらい、何とか我慢していました。でも二人目になると、やっぱりうまくいかなかった。特に、母が育児で疲れてくると上の子に切れたりする様子を見るのが耐えられなくて……。「申し訳ないけれど、帰って」とお願いして、一週間で帰ってもらいました。
子育てのサポート 「血縁がすべてじゃない」
――実のお母さんとの関係がうまくいかず、頼れる身内も近くにいない状況。小さなお子さん二人を抱えて仕事もして、夫も忙しくて家にほとんどいない、という中で、お子さんの預け先はどうされていたのでしょうか?
次女が数カ月のときに長女の保育ママさんを見つけて、次女自身も1歳になって保育室がようやく見つかったんですけど……それまでは仕事もほとんどできませんでしたね。何とかなるだろうと思ったけれど、何とかならなかった。家に閉じ込められてるような状態はつらかったです。
――そんな中でも植本さんは、身近なお友達など、上手に色々な人の手を借りていらっしゃるのが印象的です。本の中にも、仕事で長く不在になってしまうときや、お子さんの風邪が重なったりしたときに、色んな友人にベビーシッターをお願いするシーンが出てきます。身内の手を借りずに子育てをしてきて、今、改めて思うことはありますか。
これまで9年くらい育児をしてきて、家族について私が思うのは「家族は、血縁がすべてじゃない」ってことですね。うちは、血縁の家族が……、自分の母親が特に嫌だから。安心して預けられないんですよね。だから、家族のように信頼できる友達に手助けを頼む。
出産したら実のお母さんに手伝ってもらうケースは多いと思います。でも、もし私みたいに自分がそれで苦しくなるのなら、親ではなく友達に助けを求めれば、きっと何らか手を差し伸べてくれるって、思うんです。
――共働き家庭の子育てで、両親やきょうだいなどの助けが得られる環境はとても心強い。でも、物理的な距離や年齢、相性の問題などで難しい場合は気持ちを切り替えて、自分に合う方法を探したほうが健全でいられますね。
そう思います。私に関して言えば、イライラする身内に頼むよりも友達に頼んだほうが心が安定するし、子育てで感じた孤独や心細さからもずいぶん解消される。私の気持ちが安定している状態は、結果的に子どもにとってもよかったですね。
――『家族最後の日』に収められている「母の場合」では、夏にご実家へ帰省された1日の間に、「やっぱりどうしても母とは合わない」と絶縁を決めたことが描かれています。親との関係で色々と思うところはあるかと思いますが、「こうありたい」「これだけはしない」というような子育てのポリシーはありますか。
やっぱり、自分が親にやられて嫌だったことはしないでおこう、とは思っています。私は、特に、親が自分とちゃんと向き合ってくれなかった、という思いが強くて……。それが元で、人に言いたいことを素直に言えなかったりする、性格のゆがみみたいなものがあると思うんですよね。だから子どもたちには、なるべく向き合ってあげたい。家にいるときは、できる限り子どもの話をしっかり聞くことを意識しています。
ただ、特に下の娘は私に似ているところがあって……。空気を読み過ぎて、自分を曲げてでも人に合わせるところがある、と保育園の先生に言われたこともあるんです。だから心配。伸び伸び育ってほしいです、本当に。
――子どもの個性に合わせて、意見を引き出したり、話を聞いてあげたり。お子さんへの愛を感じます。それでも、やっぱり感情的に叱ってしまうこともありますか。
それは、いっぱい、あります。娘たちは小3と小1になりましたので今はそうでもないけれど、やっぱり子どもがまだ小さくて手がかかる時期は、感情的に叱ってしまったこともありました。特に『かなわない』を書いてたころ(長女が3歳、次女が1歳半ごろ)っていうのは、すごくしんどくて。いつも、家から逃げ出したいと思っていましたね。
逃げ出したくて、外に好きな人をつくっていた
――2冊目の『かなわない』では、3.11の地震以降の不安、子育ての行き詰まり、写真家としての仕事と育児のジレンマ、母であることに悩む様子がひしひしと伝わってきました。
忙しくて体調も悪いときにも休めなくて、子どもたちに対して無表情になるとか、せっかく作ったご飯をわざとこぼして遊び始めたりして、全部が嫌になるとか。それで台所にこもるけど、下の子が追いかけてきて、一人になれない……とか、胸が痛いくらいリアルな日常が書き綴られていますね。
そう、つらかった…(笑)
――その中で、好きな人ができて、離婚をしたいと何度か旦那さんに切り出すけれど「好きな人がいてもいいけど、子どもが小さいうちは離婚しない」と返されるくだりも出てきます。
子どもが小さいときはすごくグラグラしてました。とにかく家から逃げたくて、逃げるために好きな人をつくったりもしていた気がするんですよね、今考えると。
――植本さんのこれまでの本はブログに日記として公開されていたものがベースとなっています。日々起こることと同時進行で、日記を一般公開されている。夫や家族もいつでも読めるオープンな環境であるわけですよね。その勇気や覚悟、すごいです。
よく言われるんですけど、自分ではピンとこなくて。基本的に、誰かに読まれることで恥ずかしいとか、私自身が傷つくことは書いていないんですよ。恥ずかしさの基準が人よりも低いんだと思います(笑)。
書くこととはどんな醜い感情も認めること
――育児中に「逃げたくなるほどしんどい」という気持ちは、実は多くの人が体験していることかと思います。でも多くの人はその気持ちに蓋をして、日常を一歩でも前にと進んでいるのかな、と。そこをあえて本という形にして残したのはなぜですか?
「気持ちに蓋をしなくていいんだよ」っていうことを私は思うし、伝えたいんですよね。蓋をすると絶対漏れてきて、いつかそのことに向き合わなくちゃいけなくなると思うんです。
――なるほど。植本さんは、日常を切り取り、書くことや写真を撮ることを通じて、蓋をしたくなるような気持ちと向き合ったという部分もあるでしょうか?
客観視できるし、考えが整頓できますよね。公に表へ出さなくてもいいんですよ。ただ正直に、自分が思っていることをアウトプットする。どんなに醜いことであっても自分が感じたことを書くことで、後々、どうしてこう思ったんだろう、とかどうしてこう考えたんだろう、と振り返ることもできます。そのときは分からなくても、状況が変わったらどうしてだったのか、分かったりするんですよね。混乱しているときほど、文字化するのはおすすめです。
――最近はSNSなどに書く人も多いかな、と思いますが……。
そうですね。あ、でも、自分の書くことが誹謗中傷になったり、誰かのプライバシーを傷つけたりすることはないように、というのは、最近すごく気を付けています。
私の場合、結構辛辣なことも書いてるんですが、それを書いても大丈夫な人のことしか書かないですね。旦那さんとか、友達でも、何か書いたことで怒ってきたとしたら、そのときはちゃんと面と向かって言い合いができる関係の人のことだけを書いています。だから、向き合えない人のことは書けませんね(笑)。
弱っている夫を見て、家族が変わっていって
――これまでの3冊で、家族の関係性もその時々で変わっていく様子が見られます。『かなわない』では、夫であるECDさんとの関係も白紙にしたい、自由になりたい、という強い思い。そして、『家族最後の日』では、夫ががんを宣告されてからの日常が描かれています。今も仕事に看病にと大変な毎日だと思いますが、それでも家族と過ごす喜びのようなものも伝わってきます。その変化は、どのようなものだったんですか?
やっぱり一番大きいのは旦那さんが弱っている、ということですね。今も入退院を繰り返している状態なんです。元気でいてくれたらそれなりに、今まで通り腹を立てたりもしてたと思うんですけど、弱ってますからね……。
子どもたちの負担にもなってほしくないし、旦那さんにも負担をかけたくない、という気持ちはあります。
――子どものメンタル面のケアも親としては心を砕く部分ですよね。お父さんのことをお子さんたちにはどのように伝えているのでしょうか?
入退院をしている状態なので、病気のことも本当のことを伝えていますが、「もうちょっとで退院できるみたいだよ」、とか、あまり心配をかけないようには気を付けてますね。
上の子は割とあっけらかんとしています。気にならないわけはないんですけど……。下の子は上の子よりも繊細な性格。ただ下の子は今年の春から小1で、環境の変化が大き過ぎるから自分のことでいっぱいだろうし、なるべく考えなくていいようにしてあげたい、とは思っています。
自分が壊れてしまうほど頑張るのは危険過ぎる
――植本さんご自身、看病や家族を養わなくてはいけないプレッシャーがあるのでは。
まあ、そこは、何とかなるだろうって。夫にも調子がいいときは自分で洗濯とかしてもらって、あまりお見舞いも行ってなかったり。私も考え過ぎないようにしています。
仕事も、家族のために増やそうというよりむしろ減らしているかもしれない(笑)。大変なんですよね、一人で日常全部を回すって。だから無理してもっと頑張ろうとかじゃなくて、なるべくこれだけの日数働けば、これだけの生活ができるから、そのために仕事のやり方を工夫しようとか、そういうふうに考えています。
そうじゃないと自分が壊れてしまうというか、危ないな、と思うんですよね。
――お母さんが倒れたら、それこそ大変ですもんね。
二人の娘たちも小学生になって。だから何とか回ってると思います。
小さいときにこういう状況になってたら、全く違ったことになっていたと思います。がんが発覚したのがあと2年早かったら、家族は崩壊していたと思う……。
今だからこそ、娘たちも協力してくれる。やっぱり一人じゃできないじゃないですか、生活を回すのって。ギリギリのタイミングだったと思っています。
(ライター 玉居子泰子)
[日経DUAL 2017年5月11日付記事を再構成]
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