俳優・平岳大さん 両親と同じ道 背中押した父

著名人が両親から学んだことや思い出などを語る「それでも親子」。今回は俳優の平岳大さんだ。
――父は故・平幹二朗さん、母は佐久間良子さん。両親とも有名俳優という実感は幼い頃からありましたか。
「小学1年の授業参観に母が来た時、私が同級生のお母さんに『お母さんのサイン欲しい?』と話し掛けていたそうです。最初は周囲の反応を楽しんでいたようですね。でも小学4年で両親が離婚します。自宅に報道陣が押し掛けてきたり、通学電車の中づり広告に親の名前が出ていたり……。有名人の子供であることが一気に嫌になりました」
「離婚前から父はあまり家にいた記憶がありません。別の授業参観の時、休み時間に相撲で遊んでいて、友達を強く投げ飛ばすのを見た父は『自分への怒りを友達にぶつけているのでは』と思い、泣いたそうです」
――高校1年の途中で米国に留学。両親の存在も影響した決断だったのですか。
「中学はサッカー部。強豪校で厳しい練習を頑張りましたが、遠征で観衆が親の名前をささやくのが聞こえてきました。『こんなに一生懸命サッカーに打ち込んでも、遠征先でまで親のことを言われるのか』と思うと、日本から出て行きたくなりました」
――でも最終的に、日本で、両親と同じ仕事を選んだ。
「米国時代はブロードウェーに通ったり、一時帰国した際は父の舞台を鑑賞したり、演劇自体は好きでした。父には『(年齢的に)遅すぎるよ』と言われましたが、最後は『好きなことをやればいい』と背中を押してくれました」
――両親から演技指導は。
「父と食事すると演劇の話ばかりでしたが、互いの演技には触れないんですよ。でも毎回別れ際に一言だけ『あのシーンのあのセリフ、聞こえにくかったぞ』なんて言うんです。母はどちらかといえばテレビや映画の人なので、カメラ目線について指導されたことはありますが、舞台の演技には何も言いませんね」
――大河ドラマ「真田丸」では偉大な父の存在に葛藤する武田勝頼役が話題でした。
「あんなに反響があるとは思いませんでした。脚本の三谷幸喜さんは(役者の個性に合わせた)『当て書き』をする方。私の境遇を何かしら投影したのかもしれませんね。勝頼の『憎んでいるけど同じぐらい愛している』という心境は理解できます」
――お父さんは昨年10月に亡くなられました。
「前日に双子の妹の家を一緒に訪ねました。孫を抱きながら『君たちには、こんなことをしてあげられなかった。許してくれるか』と聞かれました。私も妹も『家庭のために何かを我慢して平凡な俳優になるより、自分の道を突き進んでくれて正解でしたよ』と言ったら、涙ぐんでましたね。帰り道、背負っていた重荷を降ろしたような、晴れ晴れとした表情だったのが忘れられません」
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