「母は出家します」 看護師であり僧侶、治癒への祈り

学生のときにシルクロードを訪れて、自分は修行僧だったのかもという「直感」を得ながらも、そのときに出家しようという発想はなかったのでしょうか。「それは全くなかったですね。若かったし、おしゃれや恋愛にも興味があった。“雑味”がありすぎたんですね。仮に当時、出家していたとしてもきっと挫折していたと思います。時期が至って初めて、物事は成るということだと思います」(妙憂さん)

中国で得た「直感」は、時期が至るのを種子のようにどこかで待っていたのかもしれません。「出家する」と告げた憂子さんを家族が自然に受け止めたのは、時期が至った何かをその姿に感じたからではなかったでしょうか。

医療と祈りが出合う場で働く

2017年6月、東京・銀座に新しいクリニックがオープンしました。名称は「空海記念統合医療クリニック」。西洋医学に加えて漢方や鍼灸(しんきゅう)を取り入れ、がんなどの難病をかかえる患者の通院治療を行います。

名称からわかるように、クリニックの治療方針には真言宗の考え方が取り入れられています。内装は高野山の風景や自然をイメージし、病院らしさを感じさせません。医療スタッフには僧侶も何人かおり、希望者にはヨガや瞑想(めいそう)の指導もあります。妙憂さんは現在、このクリニックの看護師長を務めています。

毎日、僧侶である医療スタッフが「おつとめ」を行う(空海記念統合医療クリニックにて)

同クリニックの星野惠津夫院長は、がん研究会有明病院で多くのがん患者を診てきた経験から「病気は自分自身の意識を変えないと治らない」と考えます。それと呼応するような真言密教の「自分自身の中にある仏性を見いだし、自分を変えていく」という思想との出合いが、新しい統合医療の場の誕生につながったといいます。

宗教施設ではないので仏像や法話などはありませんが、僧侶である医療スタッフは毎朝、クリニック内で「おつとめ」を行います。「常に祈られている場である、ということが大切だからです。祈ることによって場のエネルギーが上がるという方もいます」(妙憂さん)

その昔、宗教者は病気平癒の祈祷(きとう)や薬草の調合を行うなど、医療者的な存在でもあったそうです。現代では、医療と宗教は別々の世界のもの。しかし、妙憂さんが僧侶として定期的に開催している「祈りの会」では、病気の治癒に祈りが与える影響や効果について、西洋医学の専門家と僧侶が意見を交わすこともあります。現代の医療と祈り、2つが出合うところが妙憂さんの新たな仕事の場になったことは、決して偶然ではないでしょう。

(秋山知子)

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