「ホップ由来の『イソα酸』には、このミクログリアを活性化させる効果があります。イソα酸によってミクログリアが活性化され、老廃物がたまりにくくなり、炎症が抑えられ、アルツハイマー病の予防につながると考えられます」(阿野さん)
うーむ、ビール恐るべし。「ワインより健康効果が薄そう」などと一瞬でも思ってごめんなさい。しかし、ビールにこんな隠れた効能があるとは意外である。
阿野さんは、「そもそもビールに含まれるホップは千年以上も前から薬用植物として珍重されてきた植物なのです」と説明してくれた。そうした歴史も踏まえて、阿野さんは研究対象として着目したのだという。
ちなみに、ホップに含まれているのは花の樹脂腺にある「α酸」という物質で、これが醸造過程で加熱されることによってイソα酸になり、効果を発揮するようになる。つまり、ただホップを食べるだけでは、認知症の予防効果は期待できないそうだ。
ヒトの脳の情報伝達機能も改善した
マウスで効果が明らかになったとなると、当然気になるのは人間への影響だ。
実は、阿野さんは、今回の研究に先立つ2016年3月に、ビールに含まれるイソα酸の摂取による、ヒトの脳活動の改善効果をfMRI(磁気共鳴機能画像法)を使って予備的に検証している。ここで、ヒトの脳内の情報処理ならびに情報伝達に改善が見られるという検証結果を得ている。この研究は、内閣府の国家プロジェクトImPACTに採択され、優秀賞を受賞している。
「実験に参加したのは50~70歳の健常者25人です。毎日180ミリリットルのイソα酸含有飲料(ビールテイストのノンアルコール飲料)を4週間摂取してもらいました。180ミリリットル中、イソα酸の含有量は3mg。摂取前と摂取後の脳のfMRIを測定し、大脳皮質の厚さや神経線維の太さなどを解析しました。今回の実験によって、無理のない摂取で脳内の情報伝達機能が改善する可能性が示唆されました。特に60~70歳のシニア層でより効果があることが分かりました」(阿野さん)
ここで、ビールでなく、ビールテイストのノンアルコール飲料を用いたのは、「適量飲酒は認知症予防に効果がある」という結果が報告されているためだ。
補足すると、適量のアルコール摂取は、それだけで認知症の予防効果が期待できるといわれている。以前「『酒は百薬の長』は本当? 実は条件付きだった」の記事でも紹介したJカーブ効果の一つだ。今回は、アルコールの効果を除いた「純粋なイソα酸の効果」を見る実験ということで、ビールテイストのノンアルコール飲料が選ばれたわけだ。左党としては冷えたビールをゴクッといきたいところだが、実験となるとそうはいかないようだ。
どのビールがいい? どのくらい飲めばいいの?
ここまでの説明で、ビールがアルツハイマー病予防に効果が期待できることは分かった。となると、気になるのが「どんなビールを、どのくらい飲めばいいのか」ということである。今やビール市場はにぎやかで、地ビールや輸入ビール、それにビールには分類されない発泡酒やノンアルコールのビールテイスト飲料まで多種ある。

「一般のビールにはイソα酸が10~30ppm程度含まれています。爽快系のビールより、IPA(インディア・ペールエール)タイプなど苦味の強いビールに多く含まれています。また、実験でも使ったビールテイストのノンアルコール飲料にもイソα酸は12~30ppmほど含まれています」(阿野さん)
なるほど、苦いビールがいいわけだ。ノンアルでもOKというのは、飲めない人にはありがたい。では、どのくらい飲むのがいいのだろうか。
「現時点では、あくまでアルツハイマー病の予防効果が期待できるという段階で、適量を議論できる段階ではありません。まずはアルコールの飲み過ぎによる弊害を受けないように、飲む量は『適量』以内に抑えることを第一にしてください。苦味成分の多いビールを選ぶと、イソα酸を効率的に摂取できます。ノンアルコールビールでもイソα酸の効果を享受できるので、高齢者の方やお酒に強くない方は、無理してビールを飲むことはありません」(阿野さん)
毎回「たくさん飲んだほうがいい」という答えを少々期待しているのだが、やはり今回も「適量が一番」であったか。本コラムで繰り返しお伝えしているので、「耳タコ」の方も多いと思うが、適量とは男性なら純アルコール換算で20g、ビールなら中瓶1本程度だ。
量的に不満に思う人もいると思うが、それでも、ビールを我慢している人にとっては、「飲んでもいいよ」というお許しをもらえたような気分になったのではないだろうか? 私も心おきなくビールが楽しめるのでありがたい。
ちょっとつけ足すと、イソα酸には生活習慣病予防、痩身、血圧改善、白髪抑制など、うれしい効果がまだあるという。特に認知症との関係性が深い、生活習慣病予防は見逃せない。飲みたい気持ちを我慢するほうが、よっぽどストレスになる。さあ、今夜も元気に「まずはビール」でいってみよう!
(エッセイスト・酒ジャーナリスト 葉石かおり)
[日経Gooday 2017年6月2日付記事を再構成]