「トレンドは追わず」 スタンフォード教育改革の核心スタンフォード大学経営大学院 ジョス名誉教授に聞く(1)

スタンフォード大学経営大学院のキャンパス (C)Elena Zhukova
スタンフォード大学経営大学院のキャンパス (C)Elena Zhukova

世界でもトップクラスの教授陣を誇るビジネススクールの米スタンフォード大学経営大学院。この連載では、その教授たちが今何を考え、どんな教育を実践しているのか、インタビューシリーズでお届けする。シリーズの最後に登場するのは、2000年代のカリキュラム改革を学長として主導したロバート・ジョス名誉教授だ。

2016年、スタンフォード大学経営大学院の応募者数は8116人で過去最高を記録した。そのうち合格者は417人。倍率20倍の狭き門だ。このスタンフォード人気を不動のものにした立役者といわれているのが、第8代学長、ジョス名誉教授だ。日本国内の経営大学院は数十名の定員も埋まらない学校も多いが、なぜこれほどスタンフォードは人気なのだろうか。(聞き手は作家・コンサルタントの佐藤智恵氏)

スタンフォード大学経営大学院 ロバート・ジョス名誉教授

実行段階で大事なのはコミュニケーション

佐藤:ジョス名誉教授は1999年から2009年まで学長を務め、スタンフォード大学経営大学院の名声を不動のものにした立役者といわれています。個別の学生のニーズにあわせる、国際的にする、リーダーシップに焦点をあてる、スタンフォード大学の他学部と連携する、という4点をカリキュラム改革の柱として人気を高めてきました。IT(情報技術)バブルやリーマン・ショックの影響もものともせず、受験者数は年々増加し、16年度は8116人で、過去最高だったそうですね。

スタンフォードのカリキュラムで特徴的なのは、実用的なコミュニケーションに重点を置いている点です。数字を使って分析する財務や会計と同じように、コミュニケーションやリーダーシップを重要視しているのはなぜですか。

ジョス:問題解決のための施策を導き出すのに、数字を使った分析はとても有効です。しかし、いったん施策が決まったら、どのようにそれを実行するかを考えなくてはなりません。机上で分析した結果、これをやらなくてはならないとわかった、では人々の力を使ってこれをどうやって実施していこうか、と。戦略を実行に移す過程で最も重要なのが、人間同士のコミュニケーションなのです。

仮にあなたが正しい戦略を示していたとしても、「何を達成しようとしているのか」「なぜ変革しなくてはならないのか」という理由に部下が納得しなければ、あなたについていこうとは思いません。机上の分析で導き出した数字が教えてくれるのは、問題解決への道筋だけです。実際に問題を解決するには、「何のために、何をするのか」を人々にしっかり伝えて、行動してもらわなくてはならないのです。

佐藤智恵(さとう・ちえ) 1992年東京大学教養学部卒業。2001年コロンビア大学経営大学院修了(MBA)。NHK、ボストンコンサルティンググループなどを経て、12年、作家・コンサルタントとして独立。「ハーバードでいちばん人気の国・日本」など著書多数。

佐藤:リーダーシップやコミュニケーションには、正解がありませんから、スキルを身につけるのはとても難しいといわれていますが、スタンフォードの学生はどのように学んでいるのですか。

スキル習得には訓練しかない

ジョス:コミュニケーションスキルを身につけるには訓練するしかありません。授業では、ひたすらロールプレー演習をしてもらいます。「上司から悪い人事評価を告げられた場合」「チームにつらい仕事をお願いしなくてはならない場合」など、様々な設定を与えます。難しい状況に直面しながら、学生は役になりきってアドリブで会話をしなくてはなりません。

佐藤:クラスメートの前で赤っ恥をかきながら、コミュニケーションの訓練をしていくのですね。

ジョス:数年前、「リーダーの仕事は適切な言葉を見つけることだ」と言った教授がいましたが、まさにそのとおりだと思います。最初、学生は適切な言葉を見つけられませんが、訓練していくうちに上達していきます。こういう言葉で伝えてみたら、相手の心に響かない。それでは、こういう言葉はどうだろうか。こう言えば、真剣に聞いてもらえるかもしれない。こんなふうに試行錯誤を重ねて、スキルを身につけていくのです。

コミュニケーションに正解がないのは事実です。どんな言葉を使うべきか、どんなジェスチャーや表情で伝えるべきかに正解はなく、人それぞれです。しかし、あなた自身が人々に信頼されるための「正しいコミュニケーション方法」というのは確実に存在します。自分に正直に、誠実に伝えるには、自分のリーダーシップに合った言葉を見つけていくしかありません。

ミッションは解の探索とリーダー育成

佐藤:スタンフォード大学経営大学院のミッションは何でしょうか。

ジョス:大きく分けて2つあります。1つは、解の探索。もう1つがリーダーの育成です。

基本的に、どの大学にとっても、「真理の探究」は重要なミッションです。もちろんスタンフォード大学も例外ではありません。この世界に存在する大きな問題を解決する方法を探し、解を求める。これは私たちの使命です。

それだけではありません。教育を施すのも私たちのミッションです。スタンフォード大学経営大学院にとっての教育とは、教員の頭の中にある知識をそのまま学生の頭の中に植えつけることではありません。リーダーを育成することです。知識を与えるだけではなく、リーダーとしての生き方、思考法、自分よりずっと大きなものに対して責任を負う方法、を教えるのが、私たちの使命なのです。

佐藤:スタンフォード大学経営大学院は、1925年の創立以来、偉大なリーダーや起業家を数多く輩出しています。その理由は何だと思いますか。

ジョス:何よりも才能あふれる若者が集まっているからだと思います。高い志や強い責任感を持った人たちがスタンフォードを選んでくれる。これはとても幸運なことです。

私たちがスタンフォードで教えているのは、持続的に価値を生み出していくための理論、思考法、そしてフレームワークです。ビジネスの世界では、新しいビジネスやトレンドに注目しがちですが、私たちはそういったことを授業であまり教えません。それよりも、今後のキャリアや人生にずっと役立つような、普遍的な思考法や知識を教えているのです。もちろん、企業事例の中に、そういった最新事例もありますが、それほど多くはないのです。

日本企業はもっと派遣留学拡大を

佐藤:海外経営大学院を受験する日本人の数は年々、減っていますし、合格者も年々、減っています。国籍別のGMAT(ビジネススクールの適性試験)受験者数を見ても、中国人受験者はのべ7万人もいますが、日本人は2500人しかいません。(出所:“Profile of GMAT Testing: Residence, TY2012 to TY2016” GMAC, November 2016)。スタンフォード大学経営大学院の2年生に日本人は2人しかいません。日本人がスタンフォードに合格するにはどうしたらよいのでしょうか。

ジョス:まずは、もっと多くの日本人の若者に受験してもらいたいですね。かつて日本企業は多くの若者を経営大学院に派遣していましたが、現在、派遣留学生の数は減ってきていると聞きます。スタンフォードでMBAを取得したら日本企業を辞めて、どこか外資系企業に転職するのではないか、あるいは自分で起業するのではないかと心配しているのかもしれませんが、私は、日本企業が海外派遣制度を見直し、再び多くの優秀な人材をスタンフォードに派遣してくださることを願っています。

佐藤:なぜ日本人の優秀な若者は、アメリカの経営大学院に留学すべきなのでしょうか。

ジョス:日本は世界第3の経済大国ですが、経営学はそれほど進んでいません。マネジメントやリーダーシップを体系的に学ぶ場は少なく、仕事をしながら実地で学ぶしかない状況ですね。経営学はもともとアメリカで生まれたものですから、ここには蓄積された研究や知識があります。ヨーロッパにも経営大学院はありますが、どれも創立したのはアメリカの経営大学院よりもずっと後のことです。

日本人の若者は、特に自社の成長方法を学ぶべきだと思います。生産性や順応性に優れ、世の中の変化に対して柔軟に、敏速に対応できる会社にするにはどうしたらいいのか。経営大学院では、そのための思考法や知識を身につけることができます。だからこそ、私は多くの日本人の若者が、アメリカの経営大学院で学んでくれることを願っています。

ロバート・ジョス Robert L. Joss
スタンフォード大学経営大学院名誉教授および名誉学長。1999年、同校の第8代学長に就任。MBAカリキュラムの改革、スタンフォード大学との連携強化、新キャンパスの建設(2011年完成)などを推進した。現在もMBAプログラムで選択科目「リーダーシップ概論」などを教える。1993年から99年まで、オーストラリア最大の銀行ウェストパック銀行最高経営責任者(CEO)。2016年、オーストラリアのコンパニオン勲章(民間人に授与する最高位の勲章)を受章。
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