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小泉和裕さん カラヤン直伝の指揮に円熟味

2017/5/27

指揮者の小泉和裕さん(67)が日本の主要オーケストラをいくつも育てている。東京都交響楽団の終身名誉指揮者のほか、九州交響楽団と名古屋フィルハーモニー交響楽団の音楽監督も務める。2016年には都響デビュー40周年を迎えた。巨匠と呼ばれる指揮者には年をとるにつれて熟成するタイプが多い。1973年にカラヤン国際指揮者コンクールで1位となった小泉さんの指揮も円熟味を増す。都響とのリハーサルを交えながら、指揮活動や音楽文化の変遷と展望について聞いた。

正統派指揮者による「正調ブルックナー節」

もう2カ月以上も前になるが、昨日のように響きがよみがえる。3月20日、東京オペラシティコンサートホール(東京・新宿)で開かれた小泉さんの指揮による名古屋フィルの「創立50周年記念東京特別公演」。後期ロマン派を代表するオーストリアの作曲家アントン・ブルックナー(1824~96年)の大作「交響曲第8番ハ短調」が大ホールに鳴り響いた。弦楽奏者たちによるトレモロの強奏は思い切りがよく、大変な熱量で聴き手の感情を揺さぶる。広大な森のざわめきが天空へと湧き上がっていくような、いかにもブルックナーらしい響きだ。金管群のストレートな吹奏がもたらす重量感、木管群の明快な音色が醸し出す叙情性。小泉さんの指揮は、熱く意気込むオーケストラをうまく導きながら、ブルックナーの典型といえる姿を確信を持って造形していった。

インタビューに答える指揮者の小泉和裕さん(右)。聞き手は池上輝彦(4月28日、東京都台東区の東京文化会館)

「正調ブルックナー節」とでも呼ぼうか。ドイツ・オーストリアの古典派とロマン派を得意とする小泉さんの正統派ぶりが発揮された公演だった。賛否両論があるだろう。まず、普通で面白くないという意見が出そうだ。名古屋フィルの楽団員は舞台からはみ出しそうなほどの若い情熱を込めて弾いているのに、小泉さんの指揮は落ち着いたテンポで淡々と音楽を進めていく。ここにやや物足りなさを感じる人もいるはずだ。しかし小泉さんは「指揮者自身が何をしたいということではない」と語り、指揮者の個性やスター性を打ち出した強調や誇張による「変わり種」演奏を拒否する。

クラシック音楽とは、同じ作品を様々な演奏解釈で何度も聴くものだ。ブルックナーやベートーベンの傑作は時代を超えて繰り返し聴く価値があるからこそクラシック作品になっている。しかし同じ作品に食傷気味になると、ちょっと違ったスタイルの演奏を聴きたくなるのも人情だ。そういう需要に応える風潮は昨今強いが、編曲までいかなくても、指揮者の個性が作品をゆがめる危険性も出てくる。こうした風潮と対極にいるのが「作曲家が書いた楽譜を追究するのみ」と心得る小泉さんだ。

素朴な人柄だったブルックナーの交響曲は特に、指揮者が奇をてらって小細工をすると必ず失敗するといわれる。楽譜を真摯に読み込んでの「正調ブルックナー節」しか存在しないのだ。小泉さんの徹底した原典重視ぶりを支持するファンは多い。今回使った「第8番」の楽譜は、現在主流のノヴァーク版ではなく、かつて「原典版」と呼ばれたこともあるハース版だった。

長い付き合いの都響と新たな仲間の名古屋フィル

1973年に第3回カラヤン国際指揮者コンクールで1位となり、ドイツで研さんを積んだ小泉さん。20世紀の巨匠ヘルベルト・フォン・カラヤンから指揮者としての指導を直接受け、カラヤンの手兵だったベルリン・フィルハーモニー管弦楽団を20代で指揮した。2013年に九州交響楽団、16年には名古屋フィルの音楽監督に就任するなど、今は日本のオーケストラの指導に余念がない。まず名古屋フィルとの東京公演について質問した。

――名古屋フィルとのブルックナー「交響曲第8番」公演を自らどう評価するか。

「指揮者にはそれぞれ得意芸があるが、いくつもオーケストラを指揮していると、レパートリーは広範囲にわたる。ただ、僕はドイツ(オーストリアを含むゲルマン系)の音楽を通じて指揮者として育ってきたので、ベートーベンの交響曲全9作品は自分の聖典だ。ベートーベンの交響曲からブルックナーも派生してきた。ブルックナーの交響曲は誰でも指揮できるわけではない。『ブルックナー指揮者』といわれる指揮者だけができる。ドイツでもカラヤンさんのような特別な人だけが『ブルックナー指揮者』と呼ばれたが、指揮者としてはこの作曲家の作品をやれないといけない」

東京都交響楽団を指揮する小泉和裕さん(4月28日、東京文化会館リハーサル室)

「若い頃からブルックナーの交響曲を指揮してきた。指揮すればするほど深いところに入って行ける音楽だ。中でも『交響曲第8番』は大作だ。名古屋フィルの音楽監督になって1シーズン目にして、東京公演でこの曲を演奏することに自信があったわけではない。しかし名古屋フィルの楽団員はあの曲の演奏で自信を持ってくれた。僕がどんな指揮者で、僕と組んでどういう方向に行ったらいいかを、ブルックナーの『第8番』を通じて分かってもらえた。大作だったが、よく頑張って演奏してくれた」

今回の映像では、東京文化会館(東京・台東)のリハーサル室で小泉さんが都響を指揮する様子を捉えている。小泉さんが都響を初めて指揮したのは1976年。今年で41年目となる長い付き合いだ。練習した曲目はメンデルスゾーンの「交響曲第3番イ短調作品56《スコットランド》」。

――都響はどんなオーケストラか。

「20代半ばから指揮をさせてもらった。正指揮者や首席指揮者など肩書はいろいろと変わったが、40年間ずっと仕事をさせてくれた。終身名誉指揮者になった今でも、楽団員から常に自分がどう変わってきているかと問われ続けている。長い関係でも自分が絶えず成長していることを示さないといけない。勉強しなさいといつも背中を押されている気分だ。それが指揮者として成長していく上でよかったのだと思う」

――メンデルスゾーンの「交響曲第3番《スコットランド》」は自身にとってどんな曲か。

「20~30代の頃はよく指揮した。最近は指揮していなかったので久しぶりだ。メンデルスゾーンの音楽は感傷的だが、スタイルとしては古典的だ。(ロマン派であっても)大きな表現ではなく、ベートーベンから影響を受けたままの古典派のスタイルで音楽を作ろうとしている。僕も古典派音楽を重視しているので、メンデルスゾーンの作曲手法に関心がある。また彼は優れた指揮者でもあった。指揮者としての経験が入っているから、同業者としても彼の作品に引かれる」

カラヤンとベルリン・フィルからすべてを学んだ

カラヤンに認められて世界的指揮者としての道を歩み始めた小泉さん。1970年代当時はカラヤン指揮ベルリン・フィルの全盛期。黄色いジャケットの「ドイツ・グラモフォン」レーベルから次々に出るカラヤン指揮ベルリン・フィルのレコードは世界を席巻した。商業的に成功し、クラシック音楽界のスーパースターとして君臨したカラヤン。その弟子の小泉さんは、岐阜県飛騨市にも民家を所有し、自ら農作物を栽培するなど、自然の中での素朴な生活を愛する人だ。敬愛するカラヤンとベートーベンの話題では雄弁になる。

――カラヤンはどんな存在で彼から何を学んだか。

「まだ20代前半だった僕の指揮をコンクールで見てくれて、僕の目の前で『君を1位にする』と言ってくれた恩人だ。僕の人生にとって大きな出来事だった。その後どんなことにも自信を持って取り組めた。『君を認めている』とカラヤンさんに常に励まされている感じで、何をやるにも迷わないという自信がついた。カラヤンさんとベルリン・フィルから交響曲もオペラもすべて勉強できた。40年以上も前に勉強したことがやっと今、実になってきた気がする」

指揮者の小泉和裕さん(4月28日、東京文化会館リハーサル室)

「カラヤンさんはベートーベンとブラームスが得意だったが、ある日、リハーサルでストラヴィンスキーの『春の祭典』を指揮した。リハーサル後、部屋に呼んでくれて、楽譜を出して『ここはこう振るんだ』『この箇所は1つで振ればいいんだ』と教えてくれた。実際にそう指揮すれば、楽譜に書いてある拍子で振るよりも、大ざっぱではあるが、楽団員たちには見やすくなる。指揮が分かりやすくなり、拍子を取るというよりも音楽そのものを指揮している感じがした。とても勉強になった思い出の一つだ」

――重視するベートーベン作品をどう指揮するか。

「交響曲全9曲の楽譜自体はシンプルだ。細かい指示は与えていない。例えばマーラーの交響曲は、どんな表情でどれほどの強弱を付けるか、こと細かにきちんと楽譜に書き込まれているから、楽譜通りに鳴らせば何らかの形になる。しかしベートーベンの楽譜は最大公約数的というか、指示が少ししかない。どのくらいのバランスで強弱を付ければいいかなど、細かい点をすべて指揮者が考えなければならない。シンプルだが、指揮者がやるべきことはたくさんある。そこがベートーベンの難しさであり、勉強になる理由だ」

小泉和裕さんの指揮による都響のリハーサル(4月28日、東京文化会館リハーサル室)

「指揮者はベートーベンがどう思ったかを楽譜から判断し解釈するわけだが、問題になるのは指揮者自身の感情との兼ね合いだ。僕は自分がやりたいことをできるだけ抑えている。楽譜から変化させて演奏するのは全く危険なことだから僕は絶対にしない。指揮者によっては、楽譜を変えたり、作り直したりする人もいるが、そういう改変ができてしまうのもベートーベンの作品だ。しかし伝統的な音楽はそういうものではないし、僕はそうは学んでこなかった。ただベートーベンの作品には解釈の余地が大きい様々な材料がいっぱい詰まっているので、その材料を正しく解釈することが音楽家にとって大きな課題になる」

地方のオーケストラの存在感を高める

インタビューのあいだ、小泉さんはベートーベンの「ピアノ協奏曲第3番」の楽譜をテーブルに置いていた。使い古された愛用の楽譜の冒頭には、20世紀最高のピアニストと評されるアルトゥール・ルービンシュタインの自筆サインがあった。1976年に小泉さんがフランス国立管弦楽団を指揮し、ルービンシュタインとこの協奏曲で共演した時のサインだ。巨匠ピアニストは小泉さんを励ましねぎらった。当時すでに小泉さんは20代にして新日本フィルハーモニー交響楽団の音楽監督を務めていた。40年以上の指揮者生活で培った国際的視野で日本の音楽文化の現状を見つめる。

――日本のオーケストラはどう変わったか。

「どんな曲目でも演奏できるレベルになってきている。さらにどう伸びたらいいかが課題だ。日本の音楽人口は増加し、オーケストラの数も増えた。しかしそれ以上に音大卒の演奏家の数が膨らんだから、オーケストラで活躍できる人は限られる。オーケストラ組織はなかなか変化しない。ベテランは経験とノウハウを持っているから必要なので、新陳代謝は進みにくい」

「東京は世界で最も音楽文化が充実している都市といえるが、日本のオーケストラの予算は限られている。欧州の主要オーケストラの場合のような専用ホールも持っていない。せめて自前のホールがあれば、全体の響きやバランスなどを含め練習が実になり、演奏レベルがもっと上がるはずだ。僕は指揮者としては今のやり方を続ければいいと思っている。一方で組織の責任者としては、地方都市のオーケストラの存在感をもっと高めていきたい」

(映像報道部シニア・エディター 池上輝彦)

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