世紀の大発見 まるで彫刻のような「奇跡の恐竜化石」
2011年3月21日の午後、カナダ西部のミレニアム鉱山では、重機オペレーターのショーン・ファンクがいつものように掘削作業を進めていた。午後1時半頃、重機のシャベルが、周囲の岩石よりはるかに硬い何かに当たった。見慣れない色の岩塊が、掘っていた斜面から転げ落ちてきた。ファンクの上司マイク・グラットンはすぐさま「誰かに調べてもらったほうがいいな」と言った。
それから6年が過ぎた2017年5月、この"世紀の大発見"の全容が公開された。研究者のケイレブ・ブラウンはこう語る。「骨格を見つけただけではありません。生きた恐竜そのもののような化石を手に入れたんです」
灰色の岩石を組み合わせたその塊は長さが2.75メートルあり、一見すると恐竜の彫刻のように見える。鎧(よろい)のような装甲が首と背中をモザイク状に覆い、1枚1枚の鱗(うろこ)は黒っぽい物質で縁取られている。首を左のほうへ曲げたその姿は、まるで好物の植物でも食べようとしているかのようだ。だが、これは彫刻などではない。鼻先から尻までが化石になった、本物の恐竜なのである。
保存状態が抜群に良い「白亜紀のサイ」
この恐竜は死後、早い段階で海底に埋もれたために保存状態の良い化石となった。古生物学者に言わせれば、このような例は宝くじに当たるのと同じくらい珍しい。たいていは骨や歯といった硬い組織しか保存されず、皮膚などの軟組織が朽ちる前に鉱物で置き換えられるのは、ごくまれなことなのだ。
化石の色復元の専門家である英ブリストル大学の古生物学者ヤコブ・ビンターは、保存状態が極めて良好な化石からメラニン色素の痕跡を探す研究に取り組んできた。だがその彼でさえ、この化石を調べた後で感嘆の声を上げた。2週間ほど前まで歩き回っていたように思えるほど、保存状態が抜群なのだという。
この恐竜はノドサウルス類の新種で、同時に新たな属でもある。同じ鎧竜の仲間で、尾の先端がこぶ状にふくらんだアンキロサウルスに比べれば、ノドサウルス類は地味な存在だ。白亜紀半ばに近い1億1200万~1億1000万年前に生きた全長5.5メートル、体重1.3トンの草食(植物食)恐竜で、いわば「白亜紀のサイ」である。
この化石はすでに、ノドサウルス類の装甲の構造について新たな知見をもたらしつつある。通常、装甲の皮骨(皮膚の内部に発達する骨)は腐敗の初期段階で散逸してしまうため、装甲の復元は専門家の推測に頼るしかない。だがこの恐竜の場合は、皮骨ばかりか、それらの間を埋める鱗の痕跡までもが、元の位置に残っているのだ。
腐敗せずに残った装甲、色を示す痕跡も
それだけではない。今でも数多くの皮骨が、「鞘(さや)」と呼ばれる構造に覆われている。鞘はもともとケラチン(角質)でできていて、古生物学者がみるところ、装甲の大きさや形状を強調する役目を果たしていたようだ。これは装甲の構造を解き明かすうえで重要な手がかりになると、ロイヤル・ティレル博物館の恐竜部門の責任者を務めるドナルド・ヘンダーソンは話す。
色復元の専門家であるビンターは、この化石で最も注目すべき特徴が、顕微鏡レベルの世界にあると考える。それは、もともとの体の色を示す痕跡だ。彼が首尾よく体色の分布を復元できれば、この恐竜がどのように当時の生息環境を移動し、装甲を活用していたのかを解き明かせるかもしれない。
「装甲は明らかに体を保護するためのものでした。しかし体の前部にある見事な突起は、いわば広告のようなものだったでしょう」と、ビンターは言う。突起は異性の気を引いたり、ライバルを威嚇したりするのに役立ったとも考えられる。皮膚の化学分析では赤い色素の存在が示唆されたが、それとは対照的に、突起はかなり明るい色をしていた。皮膚の色が赤みがかっていたら、突起はよく目立ったかもしれない。
(文 マイケル・グレシュコ、日経ナショナル ジオグラフィック社)
[ナショナル ジオグラフィック 2017年6月号の記事を再構成]
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