行政も稼がねば 離島を再生した「よそ者」町長島根県海士町長 山内道雄氏(上)

人口約2300人の島根県海士町。2004年度からの11年間で約500人のIターン者を定住させることに成功するなど、地方創生のトップランナーとして知られている。税収に匹敵する1億3000万円の地方交付税をカットされ、一時は財政再建団体(現在の財政再生団体)に転落するといわれた町を、身を削る「守り」の改革と産業創出など「攻め」の改革で引っ張ってきたのが、現職の山内道雄町長だ。02年に初当選し現在4期目、残す任期もあと1年。この機会に、その原点を振り返ってもらった。

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金もうけ。これはともすると汚いことのように思われているけれども、これからの行政はもうけないといけない。住民一人ひとりがもうけて幸せになっていく仕組みづくり。それが地方創生だと思います。

何かあると血縁者で固まる。これはある意味、人間の本能のようなものかもしれません。選挙なんていうのは、それが一番出るところでしょう。

過去を責める気はありませんが、02年に私が町長に初当選するまで、海士町役場には町長のおいっ子・めいっ子がたくさん入っとったんです。私になってからは、そういう採用は一切しておりません。

町長は「中小企業の社長」、町役場は「総合サービス商社」

私はもともと、海士町では「よそ者」でした。両親がIターンしていましてね。だから、町長選挙なんて勝てるわけがないと思われていた。なぜ勝ったか。住民がもういいかげん、変わらなきゃいかんと思ったからですよ。

それまでは補助金頼みで、町長の仕事はともすれば県議会や国会議員の先生にお願いすることだった。予算がつけば、役場はそれを消化することに懸命で、それ以上の広がりがない。これは海士町に限らず、そうでした。

52歳で母を介護するために島へ戻ってくる以前は、松江市内でNTTの支社長をしておりました。民営化で電電公社からNTTへと激しく変わる時期を経験しましたから、それも大きかった。

就任してまず取り組んだのは意識改革です。町長は「中小企業の社長」で、町役場は「住民のための総合サービス商社」と位置付けた。

年功序列もなくしました。係長、課長に関しては「経営会議」に人を推薦してもらって、私が決裁する。「経営会議」とは、課長以上で集まる町役場の幹部会議のことです。毎週木曜日、午後5時15分から開いています。

ここは民が弱いですから。役場が積極的に出て行って島に産業を作り、商品を売り、人を増やすことをやっていかないといけない。就任するとすぐに、そのための施策に取りかかりました。

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