日経ナショナル ジオグラフィック社

2017/4/29

フィッシュ氏は、「すべての観測地点で好天に恵まれる可能性は、ほぼゼロです」と言う。事実、観測期間中、実際に観測できたのは5夜だけだった。研究チームのメンバーは毎日顔を合わせて、各観測地点の現在の天気と今後数日間の天気予報をにらみながら、ネットワークを稼働させるかどうか決定した。フィッシュ氏はヘイスタック観測所のコンピューターでそれぞれの観測地点の天気をモニターしながら、別のコンピューターで天文学者たちと連絡を取り合っていた。

事象の地平線望遠鏡プロジェクトの責任者である、ハーバード・スミソニアン天体物理学センターのシェプ・ドゥーレマン氏は、「夜に観測を始めてから天気が悪くなってきたり、天気が悪いだろうと思って観測を中止にしたのに良い天気だったりすると、本当に悔しい」と語る。

地上の電波望遠鏡と2台の宇宙望遠鏡の協力により得られた銀河系中心部の画像。(PHOTOGRAPH BY NRAO, AUI, NSF)

見たいものはピーナッツ?

5日間の観測を終えた天文学者たちがブラックホールを撮影できたかどうかを知るまでには、しばらく待たなければならない。

各天文台の観測データの量は膨大で、オンラインで送ることはできない。すべての望遠鏡からの情報(ノートパソコン1万台分の記憶容量に相当する)は、1024台のハードディスクに記録された。これらのハードディスクは、ヘイスタック観測所とマックス・プランク電波天文学研究所(ドイツ・ボン)にある、事象の地平線望遠鏡データ処理センターに郵送される。

しかも、南極点望遠鏡のハードディスクは、10月末に南極の冬が終わるまでは発送できない。

データ処理センターでは、8カ所の天文台から届いたタイムスタンプ付き信号を照合する。この作業は非常に重要だ。観測データを照合する作業は、細心の注意を払って行わないと、事象の地平線の大きさと構造に関する重要な情報が失われてしまうおそれがあるからだ。

離れた場所のアンテナで観測したデータを照合する技術は「超長基線電波干渉法(VLBI)」と呼ばれ、電波天文学では一般的な技術になっている。けれども通常、望遠鏡の数はこんなに多くないし、これほど広い範囲に分散してもいない。ドゥーレマン氏は、「地球サイズのネットワークを同期させようとしているのですから、考えてみればたいへんなことです」と言う。

天文学者たちが最終的に見たがっているのは、黒い円(ブラックホールの影)のまわりに広がる光だ。光を発しているのは、ブラックホールのすぐ外側を事象の地平線をなぞるように公転し、数千億度の高温になっているガスである。ファルケ氏によると、シミュレーションでは、ブラックホールの片側に見える光はもう片方の側に見える光よりかなり明るく、「コンテストに出したら絶対に優勝できなさそうな不恰好なピーナッツ」のような形が予想されているという。

ドゥーレマン氏らは、今回の観測で画像を生成できなかったとしても、来年、さらに大きなネットワークで観測に再挑戦することを決めている。ファルケ氏は、「今後10~50年で、アフリカや宇宙にも観測網を広げることで、より鮮明な画像も得られるようになるでしょう」と語っている。

(文 Ron Cowen、訳 三枝小夜子、日経ナショナル ジオグラフィック社)

[ナショナル ジオグラフィック ニュース 2017年4月16日付]