「ブラックホールは空間と時間の終点なので、私たちの知識もそこで終わるのかもしれません」とファルケ氏は言う。天文学者は、宇宙に存在するすべての大型銀河の中心にブラックホールが隠れていると考えているが、その有無については状況証拠しかつかんでいない。アインシュタイン自身も、その存在を確信していたわけではなかった。
ファルケ氏は、ブラックホールの最初の画像は、神話的な存在だったブラックホールを、研究の対象となる具体的な存在に変えるはずだと信じている。
天気との戦い
今回のプロジェクトでは、世界8カ所にある天文台が、地球と同じ大きさの仮想的な電波望遠鏡を利用して観測を行った。「事象の地平線望遠鏡(EHT)」と呼ばれるプロジェクトだ。ハワイで最も高い山から南極の極寒の地まで、広範囲にある天文台をつないだ観測ネットワークを構築するために、国際チームは何年も前から計画を立て、協力してきた。
そして2017年4月4日からの10日間、事象の地平線望遠鏡が空に向かって巨大な目を開いた。
観測したのは、2つの超大質量ブラックホールだ。1つは、銀河系の中心にあり、太陽400万個分の質量をもつ「いて座A*」ブラックホール。もう1つは、銀河系に近い銀河M87の中心にあり、いて座A*の約1500倍の質量をもつブラックホールだ。(参考記事:「ブラックホールに新説 恒星の食べ残しを投げ捨て」)
事象の地平線望遠鏡は、以前にもこの2つの巨大ブラックホールを観測しているが、南極点望遠鏡と、チリのアルマ望遠鏡が参加したのは、今回が初めてとなる。アルマ望遠鏡は、それ自身が66台のパラボラアンテナからなる。
アルマ望遠鏡が加わったことで、事象の地平線望遠鏡の解像度は10倍になり、月面に置いたゴルフボールを見つけられるレベルになった。2つのブラックホールの事象の地平線は驚くほど小さいと予想されているが、これだけの視力があれば見えるはずだ。
数年がかりで観測時間を調整し、各施設に必要な装置を取りつけた研究チームは、最後に、どうしてもコントロールできないものに翻弄されることになった。天気である。
天文学者たちがブラックホールの観測に利用したのは、「ミリ波」と呼ばれる電波である。ミリ波は、銀河の中心にある高密度のガスと塵を貫き、途中にある物質の影響をあまり受けずに地球に届く。
しかし、水は電波を吸収・放出するため、地球上で雨が降ってしまうと観測にならない。雨の影響を最小限におさえるため、電波望遠鏡は山頂や標高の高い砂漠に建設されているが、雲や雨や雪のほか高地に特有の強風により観測できない日もある。