――すばらしいですね! そこまで上司が変わられたきっかけは何だったのですか?

樋口 おそらく上司自身に、今後、子育てをする部下を持つ可能性が出てくるという具体的なイメージができたから、変わったのではないかなと思います。

労働生産性は向上したものの、不安は消えなかった

加藤ますみさん キリンビール 南東北流通支社 営業部主任、息子:じゅんくん

金田 今回の実験を通して、「ママになっても営業を続けられるかもしれない」という気づきを得ることができたのですが、その一方で、課題も見えてきました。

やはり、保育園からの「発熱だからお迎えに来て」という連絡に追われる恐怖や、時間に追われるプレッシャーを感じ続けながら業務を行うことには、強い不安があります。

そこで、私たちの不安の原因、営業業務を妨げる課題を改めて整理し、次のように分類しました。

1つ目は、自分で解決できる問題。例えば、ルーティンの仕事や商談時間の調整などは、自分の工夫次第で解決できます。

2つ目は、同僚や上司など会社の理解がないと解決が難しい問題。突発的な依頼や得意先の接待、子どもの発熱による早退などの問題は、周囲のサポートがなければ乗り越えられません。

3つ目は、得意先や社会の理解が必要な問題。突然、取引先から仕事が舞い込んできたり、アポが延びてしまったりして子どものお迎え時間に間に合わない場合は、社外の人にも理解してもらわねばなりません。

――これらの課題は、どのように解決すればいいと思いますか?

井尻綾夏さん キリンビバレッジ 営業本部 広域開発営業部主任、息子:悟飯くん

河野 私たちは最終的に2つの提言をまとめ上げました。まず、全社で「なりキリンママ&パパ実験研修」を行うこと。性別、年齢、立場問わず、全員がシミュレーションをすることで、自分が子どもを持ったときにどのように仕事と向き合えばいいかが分かりますし、子育て中の社員への理解も深まります。

次に、社内だけでなく社外の理解を得るための「マママーク名刺」の作成です。特に営業職にとって、名刺は必需品。その名刺に「マママーク」をつけることで、得意先とのコミュニケーションのきっかけをつくることができます。

実際に営業ママたちから「いつ『自分はママなんです』ということを取引先に言えばいいのか分からない」と悩む声が上がっていました。名刺にマママークがあれば、事前にコミュニケーションをとることができます。

マママークが当たり前のように浸透していけば、営業ママ、働くママたちにもっと理解のある社会をつくることができると考えています。

後編では、この取り組みを進める上で実際にどんな気づきがあり、どのような課題が浮かび上がってきたのか、チームが実体験から得たことを詳しくお聞きします。(後編はこちら

  ◇      ◇      ◇   

あとがき:エイカレで審査した企画の中でも群を抜いて光っていましたし、汎用性が高いプロジェクトだと思いました。本気でママになりきって、制約のある働き方を体験する。できそうでなかなかできないことです。なんといってもクライアントとの商談の最中にも容赦なく「お迎えの電話」がかかってくる。このリアルな設計に本気度と、まわりをしっかり巻き込んでいることがうかがえます。「本当ではないのに、商談から帰る」というのは上司の理解なしにはできないこと。しかし、この「体験」は、生産性向上、ワークライフバランス、営業女子や介護人材を営業戦力として失わないための働き方改革を促すための大事なツールです。顧客をも巻き込んで、実験する価値があったと思います。

白河桃子
 少子化ジャーナリスト・作家。相模女子大客員教授。「一億総活躍国民会議」委員。東京生まれ、慶応義塾大学卒。著書に「婚活時代」(山田昌弘共著)、「妊活バイブル」(講談社新書)、「産むと働くの教科書」(講談社)、「専業主婦になりたい女たち」(ポプラ新書)、「進化する男子アイドル」(ヨシモトブックス)など。「仕事、出産、結婚、学生のためのライフプラン講座」を大学等で行っている。

(ライター 森脇早絵)

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