社内で「お母さんになります」を宣言(写真提供:キリン)

金田 私たちの勤務地は、北は仙台、南は大阪までバラバラです。各地でそれぞれ「私は1カ月間、ママになります!」と宣言して、実験が始まりました。

――プレゼンのときも企画のユニークさが光っていました。具体的にどのような試みを行ったのでしょうか。

金田 まず、社内にいる7人の先輩営業ママたちにインタビューをした上で、9つの「ママルール」を設けました。

営業ママにインタビューし、9つのルールを策定。20時から5時に業務連絡などでパソコンが使えるのは特別ルール(資料提供:キリン)

これらのルールを約1カ月間守り、ママになりきって営業の仕事をするのです。前提条件は次の5つ。(1)子どもの年齢は2歳前後(2)夫とは同居(3)実家サポートはなし(4)フルタイム勤務(5)各人が周囲のママたちのリアルを聞いたり調べる--としました。

子育て中の短時間勤務でも、業績は落ちなかった

金田 こういった多くの縛りがある中で、ちゃんと業績を上げられるかどうかプレッシャーはありましたが、結果は驚くべきものでした。残業時間を前年比51%削減し、業績は前年を維持(全国を上回る水準)だったのです。

――すごいですね! この要因は何でしょうか。

河野文香さん メルシャン 首都圏統括支社 首都圏流通営業部流通第一支店、息子:ともくん

河野文香さん(以下敬称略) 一発逆転するような戦略があったわけではありません。先輩ママたちに聞いた小さな工夫の積み重ねが功を奏したのだと思います。

例えば、仕事の速い先輩のやり方を参考にしたり、会議の時間を短縮したり、外回りの最中も隙間時間を有効に使ったり、夜のアポイントも早い時間にしてもらったり。「いつ、子どもの発熱で保育園からの呼び出しがあるか分からない」というプレッシャーから、時間短縮への意識が高まりました。

―― プロジェクトの「巻き込み人数632人」というのは、かなり大がかりですね。同僚や上司といった近い存在の人たちだけでなく、取引をされている顧客にも協力していただいたのですか?

金田 そうです。バディチーム(※ JTの営業女子チーム)から「子どもが発熱したので、迎えに来てください」と連絡があれば、例え客先にいてもすぐに帰らなければなりません。

今回の実験は、「会社として取り組む」と公式にアナウンスしていたわけではありませんから、メンバーたちが個々で周囲に説明しなければなりませんでした。もちろん、担当取引先である小売店にも話をしています。

樋口麻美さん キリンビール 近畿圏流通第2支社 営業部主任、娘:つむぎちゃん

樋口麻美さん(以下敬称略) もちろん、快く受け入れてくれる人たちばかりではありませんでした。私が上司にこの話をした時、「営業は得意先や数字ありきの仕事だ。実際に子どもがいない中で、仮想ママとして仕事をするのは難しいのではないか。どうしてもお前しか対応できない仕事はどうするんだ」と反対されました。

不安を抱きながら実験が始まりましたが、その後、上司は少しずつ変わっていきました。私が実直に9つのルールを守りながら仕事に打ち込む様子を見ていたからか、いつの間にかサポートをしてくれるようになったんです。それどころか、最終的には「今後は全部門で年1回はこの実験を実施すべきだ」と人事部に直談判までしたんですよ。

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労働生産性は向上したものの、不安は消えなかった