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竜馬没後150年、司馬遼太郎ゆかりの地を行く(上)

2017/4/21

司馬さんは疲労に注意し小説家には珍しく規則正しい執筆姿勢を続けた。

 現実にある工場や建物を脳裏で消して数百年前の歴史現場を蘇らせるための手法だ。そのため莫大な資料を事前に読み込み咀嚼(そしゃく)し、エッセンスを汲み取る努力を怠らなかった。自宅では午前9時半ころに起床し、午前中にじっくり新聞各紙に目を通す。原稿執筆の合間の午後3時から4時にかけては街なかを散歩し、その後、就寝する日常だったという。疲労に注意し小説家には珍しく規則正しい執筆姿勢を続けた。その素顔を垣間見ると多くの作品を同時に書き進められた理由の一端が分かる気がする。

 司馬遼太郎が東大阪市に移り住んだのは「竜馬がゆく」連載中の1964年(記念館は市内2カ所目)。上村館長は「竜馬関係資料の中でも司馬が特に注目したのが竜馬の手紙だった」と指摘する。竜馬が実姉らにあてた手紙は現在も多く残っている。自分の口語をそのまま文章にしており、情感をうまく表現した手紙の中には絵まで添えてあったりしていた。「明るく大らかな竜馬像を作り上げる上で司馬の想像力を刺激した」(上村館長)。その竜馬の手紙や愛刀を展示する「没後150 年 坂本龍馬展」は4月に東京、7月に静岡市を巡回する。

■自分に厳しく、相手にはやさしく

小説家の司馬遼太郎(故人)

 司馬遼太郎記念館も昨年から「司馬遼太郎展 二十一世紀“未来の街角で”」を全国で開催している。今春からは4月1日から高知市でスタート。さらに横浜市などを巡回する。没後20年の節目に相応しい大回顧展だ。

 記念館のあとに立ち寄りたいのが中小阪公園の文学碑。司馬作品の文学碑は会津若松市や高野山など全国に数多いが中小阪公園のそれはちょっと趣が違う。小学校教科書に掲載された随筆「二十一世紀に生きる君たちへ」が刻まれているからだ。子どもらに「自分に厳しく、相手にはやさしく」と説く文章には、小説に劣らぬ力強いメッセージ力が感じられる。

(松本治人)

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