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竜馬没後150年、司馬遼太郎ゆかりの地を行く(上)

2017/4/21

東大阪市の司馬遼太郎記念館(写真は司馬遼太郎記念館提供、以下同)

 「司馬の後に司馬なし」――。文芸評論家・作家の小谷野敦氏は近著「文章読本X」(中央公論新社)の中でこう言い切る。日ごろは辛口の批評で有名だが、司馬遼太郎(1923~96年)の歴史小説に対しては「純文学、大衆文学という枠組みでなく『司馬文学』というジャンルがあってもいい」とまで評価が高い。「竜馬がゆく」「坂の上の雲」などのミリオンセラー作家、司馬遼太郎が亡くなって21年。2月の命日を偲(しの)ぶ「菜の花忌」には今年も約1400人の参加者であふれかえった。時代を超えて読まれ続ける秘訣はどこにあるのか。記念館などを持つ東大阪などを訪ねた。

■記念館は安藤忠雄作

 東大阪市の「司馬遼太郎記念館」は近鉄線・河内小阪駅から徒歩約10 分。司馬遼太郎の自宅と一体になった形で建てられている。文庫本などの最終ページに案内が掲載してあり行き易い。設計したのは安藤忠雄氏でコンクリート打ちっぱなしのモダンな建築だ。自宅入り口から雑木林風の庭を進むと、まず司馬遼太郎の書斎がガラス越しに見えてくる。斜めに座りながら執筆できるよう特注した机や椅子、ペン、資料などがそのままの形で展示されている。

高さ11メートルの壁一面を使い約2万冊の蔵書を収納した大書架

 絶筆となった「街道をゆく 濃尾参州記」の資料などが積まれていて興味深い。記念館は3層吹き抜けの大空間。圧巻なのは高さ11メートルの壁一面を使い約2万冊の蔵書を収納した大書架だ(自宅分も含めると6万冊になるという)。もう一方の壁面には小説、エッセイなどの書籍が年代順に収められており、その作品群の多彩さ、膨大さには息を呑むしかない。

 思わずそれらから1冊を手にとってみたくなるが、残念ながらそれはできない。一緒に回っていた数人の入館者らも黙りこくって書架を見上げたり何事か瞑想にふけったりしている様子だった。展示コーナーの感想ノートにはハングル語や英語、中国の簡体字の書き込みも多く見られた。安藤忠雄氏の作品を学ぶ建築科の学生も訪れるという。

 現在は特別展「街道をゆく」を7月まで開催中だ。取材ノートや地図、旅行用のアウターやバンダナ、さし絵などを通して司馬遼太郎が25年間も連載を続けた「街道をゆく」を再構成する狙いという。

■裸眼で物事を見つめる

 記念館の上村洋行館長は福田みどり夫人の実弟で子どものころから司馬遼太郎の身近に接してきた。司馬作品がみずみずしさを失わない理由の一つはイデオロギーを徹底的に排し常に自らの視点を保ち続けたことだろう。「若いころから裸眼で物事を見つめる訓練をしてきた」という。さらに取材旅行するときは「目の前の風景をいったん消し去ってその街の成り立ちを再構築した」。

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