丸めるだけで点灯する「魔法の紙」 誕生秘話を聞く
市松模様柄がプリントされた、一見、何の変哲もないA4より一回り小さいサイズの紙。しかし、不思議なことに円筒状に巻くとライトが点灯し、懐中電灯に早変わりするから、何かの手品か、あるいは魔法かと驚きを禁じ得ない。この斬新な「ペーパートーチ」という製品の秘密は、紙の市松模様にある。実はこれが特殊な銀粒子インクで印刷された電子回路になっており、くるっと巻くと、紙の内側に配置されたボタン電池から極小LEDライトに電気が流れ、光る仕組みになっているのだ。
佐藤オオキ氏が率いるデザインオフィスのnendoと、100年を超える老舗の紙専門商社の竹尾、東京大学発のベンチャーAgICの3社がコラボして開発し、ソフトバンクが運営するクラウドファンディング系サイト「+Style」とnendoが共同運営する商品開発プラットフォーム「DoT.(Design of Things.)」で2017年3月初めに発売した。製品誕生の裏側を、開発に携わった3社に聞いた。
市松模様のデザインで電子回路を"隠す"
――円筒状に巻くだけでライトが点灯する、何とも不思議な紙ですね。
nendo 「紙やフィルム、布などに銀粒子を使ったインクをプリントすることで電子基板を作れるというAgIC社の技術を活用してデザインした懐中電灯です。紙の表裏にプリントしている電子回路には市松模様のデザイン処理を施し、ボタン電池2個とLED7個を導電性のある接着剤で接着しています」
――これをくるっと巻くと、紙の内側に配置されたLEDライトが点灯して即席の懐中電灯になる。どんな仕組みになっていますか?
AgICの杉本雅明氏(以下、杉本氏)「紙に印刷された市松模様ですが、よく見ると、小さな正方形の角同士がところどころ線で結ばれていて、これが電気の通り道になっています。「プリンテッドエレクトロニクス」という技術を使い、当社がチューニングした特殊なプリンターで印刷しています。電源は紙の表面の左端にあるボタン電池で、上がマイナス極、下がプラス極になっており、それぞれが市松模様の電子回路の経路をたどってLEDにつながる構造になっています。
しかし実は、表面の底辺から2段目と3段目の間は、左端の一部の正方形を除いて、線で結ばれておらず、そのため、紙が真っ平らな状態では通電しません。ポイントは、裏面の下部に印刷された太い帯状の回路。LEDや電池が内側になるように円筒状に巻くと、この帯が表面の2段目と3段目にちょうど重なって同時に接触するため、帯を介して通電してLEDが光るというわけです」
――さらに不思議なのが、紙をキュッと細く巻くとライトが明るくなり、ゆったりと太く巻くと暗くなります。これはどういう原理ですか?
nendo 「LEDの経路の距離を、紙の巻き加減で調整することで抵抗値を変化させ、調光ができるようにしています。つまり、経路の距離が長いほど抵抗値が高くなり、反対に距離が短いと抵抗値が下がることから、紙をゆったり巻くと光が弱くなり、きつく巻くと強くなるわけです」
杉本氏 「市松模様に目を凝らすと、細い線が蛇のようにクネクネとうねった模様の正方形があることがわかります。これが電気を通りにくくし、いわゆる「抵抗器」の役割を果たします。この抵抗器は表面の右側に行くほど多くなるように印刷されています。そのため、ゆったり巻くと、電池からLEDに到達するまでに、より多くの抵抗器を通らざるを得ず、抵抗値が高くなってライトが暗くなり、逆にきつく巻くと、経路に抵抗器が少なくなることから抵抗値が低くなって、ライトが明るくなるという原理です。
室内照明の調光機能も同様の原理で、明るさを調整しています。あるいは、DJが使うような音響機器のボリュームも同じ原理です。つまみを時計回りに回すと抵抗が少なくなるため音量が大きくなり、反時計回りに回すと、抵抗が大きくなるので音量が小さくなります。ただし、これらは基板(電子回路)が壁の中、あるいは筐体の中に隠れていて見えません。それに対し、ペーパートーチはいわば基板が外に剥き出しになっている。
このデザインの優れている点は、剥き出しになっているのに、それが電子回路に全く見えないことです。単なる市松模様にしか見えない。通常、電子回路はきょう体などの中に隠して見えないようにしますが、これは、デザインで回路を"隠している"わけです。だから、何で光が点灯するのだろうと不思議に思って、原理を説明されて初めて仕組みがわかる。まさに、センス・オブ・ワンダーをかき立てられる、デザインの力と言えるでしょう」
選挙用ポスターと同じ紙を使用
――最初から紙を巻くと懐中電灯になるアイデアありきで開発したのですか?
杉本氏 「いいえ違います。2016年3月頃にnendoにデザインを依頼したときは、単に紙に電子回路を印刷するプリンテッドエレクトロニクスを使って、何か製品をデザインしてほしいと伝えただけで、どんな製品を作るのか全く決まっていませんでした。そのゼロベースの状況から、1カ月後に紙を円筒状に巻くとLEDが光るという、今のペーパートーチにつながるデザインをnendoが提案してくれたのです。
ただし、その段階ではまだ市松模様ではなく、当初は太い線が描かれているだけのデザインでした。ですが、何度か試作品のデザインを起こしていくなかで、市松模様のアイデアがnendoから出てきた。最初にこのデザインを見た時はしびれましたね。だって、どこがどうつながって回路になっているのか、ぱっと見では全くわからないわけですから。よく見ると、角が線でつながっている箇所と、つながっていない箇所があり、つながっている経路を色分けして、ようやく原理が理解できました。まさしく、基板の存在がデザインの力によって"消されている"と感じましたね」
――印刷する紙の選定は竹尾の役目でしたね。適切な紙を探す作業は苦労したのでは?
竹尾の三瀬俊樹氏(以下、三瀬氏)「竹尾は素材や厚み、色、寸法などが異なる約9000種類におよぶ紙の見本のライブラリーを持っています。その中から、クルッと丸めることができ、それが丸まったままにならずに、元の平らな紙の状態に戻すことができる紙を探さなければなりません。ペーパートーチの場合、円筒状に丸めるとスイッチがONになり、平らに戻すとOFFになる設計ですから。
さらに、電子回路を作るための銀粒子インクが適正に印刷される紙であることも絶対条件。印刷の状態によっては、抵抗値が高くなりすぎて、電気が通らなくなる場合もあります。紙専門商社として100年の歴史がある竹尾をもってしても、そのような紙に関する知見は全くなく、とにかくトライ&エラーを繰り返して探していくしか術はありません。ある程度紙の特性を考えて見当をつけ、実際に印刷してみて回路の適正を確かめる作業を、結局100種類くらいの紙で試しています」
――最終的にその苦労の末に紙が見つかった。
三瀬氏 「この紙は木材パルプから作る一般的な紙ではなく、ポリプロピレンを主原料とする『合成紙』。厚さが薄いものだと選挙用のポスター、厚いものだとゴルフのスコアカードに使われるものと同じ素材の紙です。正直言って、たまたま見つかったという表現が正しいかもしれない。丸まって元に戻る条件をクリアしつつ、印刷してみたら回路としても正常に機能する紙を"発見"したわけです」
将来的には非常用、防災用に
――ペーパートーチの具体的な使い方は?
三瀬氏 「基本的に使い方はユーザーの自由ですが、今の段階では、例えば金属製のリングに円筒状にしたペーパートーチを通して固定し、間接照明として使うことなどが想定されます。リングの大きさを変えて、明るさを調節してみるのも面白いでしょう。リングが付いたスタンドに固定して、デスクライトとして使うなどもアイデアの一つ」
nendo 「LEDが紙に触れると色が変わることから、LEDを接着している表面を外側にして巻くと(LEDが紙と重なって)オレンジ色の暖かい光に、裏面を外側にして巻くと白い光になるといった、光の色の変化を楽しむこともできます。将来的には、非常用、防災用など、さまざまな用途に活用することが可能だと考えられます」
――ペーパートーチは今回、商品開発プラットフォーム「DoT.」で、価格は税込み8640円、限定50個で販売されましたが、今後量産の可能性は?
杉本氏 「率直に言って、何も決まっていません。ペーパートーチに印刷された電子回路は水や汚れに弱く、汚れた手で触ったり、水がかかってしまったりすると、正常に機能しなくなる可能性があります。一般的な家電製品に比べたら、まだ「未完成品」と言えるかもしれない。しかし、家電製品並みの水準まで完成度を引き上げるのを待っていたら、未来は来ません。今回は、未来を拓く製品を先取りして触れることができる機会と捉えていただければと思います」
――量産に向けた課題は何でしょう?
杉本氏 「電子回路を印刷する際に発生する熱で紙にゆがみが生じやすく、紙の位置合わせがとても難しいこと。しかも、電子回路は両面に印刷するわけですから、非常にハードルは高く、手間がかかりますし、歩留まりも悪いのが現状です。あるいは、汚れも水気もNGという製品自体の弱点も課題でしょう。期待したいのは、今回『DoT.』で販売する中で、手にしたユーザーから『こうした方が良い』という意見が出てくること。そうした意見を踏まえて改良するなど、ユーザーと共に全く新しいものを作っていけるのが、こうした商品開発プラットフォームの利点だと考えています。ペーパートーチは、『DoT.』の中できっと進化していくことでしょう」
三瀬氏 「一般的なスイッチは押したり、ずらしたりするとONになりますが、これは『巻く』ことがスイッチになる点が画期的。プリンテッドエレクトロニクスをはじめ、これだけ複雑な技術要素が詰まっているにもかかわらず、『巻いたら光がつく』というシンプルな動作に落とし込めていることは、手前味噌ながらすごいことだと思います。『紙とデザインとテクノロジーを組み合わせて人に感動を与えたい』というのが竹尾のモットーですが、それがストレートに形になったのがペーパートーチ。量産化は不透明ですが、この製品によって、まだ見ぬ世界を切り開ければと考えています」
(ライター 高橋学、写真 高山透)
[日経トレンディネット 2017年3月13日付の記事を再構成]
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