『ミス・サイゴン』25周年映画化 緊迫の演技を堪能
ミュージカル舞台の大ヒット作『ミス・サイゴン』が映画になった。2014年9月にロンドンのプリンス・エドワード・シアターで上演された25周年記念公演を撮影して映像化したもの。劇場で見るのとは全く違うアングルから舞台を堪能できるのに加えて、新旧キャストが共演する<25周年記念スペシャル・フィナーレ>も楽しめる。『ミス・サイゴン:25周年記念公演 in ロンドン』の見どころを紹介しよう。
物語は1970年代、ベトナム戦争末期のサイゴンで始まる。ベトナム人少女キムとアメリカ兵クリスが、エンジニアの経営するナイトクラブで出会い、愛し合う。だが、サイゴン陥落の混乱のなか、クリスはキムを残してベトナムを離れることに。戦争が終わり、クリスはアメリカで結婚して新たな人生を歩み始める。一方、キムはエンジニアと共にタイのバンコクに逃れ、クリスとの間に生まれた息子タムを育てながら、クリスが迎えに来る日を待ち続けていた。そして、息子の存在を知ったクリスがタイを訪れ、再会の時が近づくが…。
ギラギラした表情とセリフの応酬
『ミス・サイゴン』の初演は1989年、ロンドンのウエストエンド。『キャッツ』『オペラ座の怪人』『レ・ミゼラブル』のヒットメーカー、キャメロン・マッキントッシュが製作した大作ミュージカルだ。実物大のヘリコプターが舞台に降りてくる大仕掛けや、アジアを舞台にしたエキゾチックな華やかさが話題を呼んだ。作詞・作曲は『レ・ミゼラブル』を手がけたアラン・ブーブリルとクロード=ミッシェル・シェーンベルクのコンビ。日本でも92年の初演以来、再演を重ねる人気ミュージカルで、今年5月に25周年を迎える。
映画版の見どころは3つある。
まず、劇場とは全く違うアングルから楽しめること。記念公演を撮影した後に、映画のために再度キャストを集めて、観客を入れずに追加撮影をした。それによって、カメラは舞台を縦横に動きまわり、クローズアップを多用して、俳優の表情や動きを大写しにする。
『ミス・サイゴン』は戦時下という明日が見えない状況のなかでも、新しい世界を夢見て生き抜こうとする人々の群像劇。若き男女の悲恋が軸ではあるが、戦争や体制に振り回される人々の権力欲や怨念、裏切り、絶望といった様々な感情が渦巻き、それを体現する俳優たちのエネルギッシュな演技が見せ場だ。劇場では大掛かりなセットや、華やかな美術といった視覚効果に目がいきがちだが、クローズアップを多用する映画版では、俳優のギラギラとした表情やセリフの応酬、飛び散る汗が目の前で繰り広げられ、緊迫の演技を堪能できる。日本版のミュージカル舞台に慣れ親しんだ目には、「『ミス・サイゴン』とは、これほど激しいドラマだったのか」と驚かされるのではないか。
エンジニア役のジョン・ジョン・ブリオネスは「客席からでは見えないところもアップで見られるから、ストーリーがより身近に感じられるよ。まだ『ミス・サイゴン』を見たことがない人は好きになるし、舞台も見たくなると思うよ」と語っている。
見どころの2つ目。アジア人キャストが多く、アメリカ兵も白人と黒人が交じり、いろんな国や地域の出身の俳優で構成されるのが本作の特徴だが、それをリアルに体感できることだ。日本でも作品の人気は高いが、日本人キャストによる舞台ではなかなか人種の多様性から生まれるダイナミズムが伝わりにくい。その点、映画版では、「異なる世界に生きる人たちの葛藤や共存」といった作品本来のテーマがより鮮明に伝わってくる。
観客と一緒に参加している気分に
見どころの3つ目が、<25周年記念スペシャル・フィナーレ>だ。映画版は休憩2回をはさむ3部構成で、本編の1幕、2幕の後にフィナーレを収めている。当日は、特別ゲストとしてジョナサン・プライス(エンジニア役)、レア・サロンガ(キム役)、サイモン・ボウマン(クリス役)をはじめ、オリジナルキャストが総出演。新旧キャストやプロデューサー、音楽家も登場して、トークや歌唱を披露した。本編ではクローズアップを多用して俳優の表情や動きを臨場感たっぷりに見せたのに対して、フィナーレではコンサート映像のようにステージ全体を見せる引いた構図も多く、盛り上がる客席の様子も挿入される。劇場の観客と一緒に、25周年を祝うセレモニーに参加している気分になれる。
初代キム役のレア・サロンガは、当日をこう振り返る。「マジカルでファンタスティックな1日だったわ。この日を祝うために、多くの人がいろいろな場所からやってきた。私はマニラから、アメリカやヨーロッパのほかの地域からやってきたひともいる。この1夜のためだけに。高校や大学の同窓会みたいなもので、とても楽しかったわ」
おそらく出演者の全員が、そんな気分だったろう。それが画面から伝わってくる、楽しく感動的なフィナーレだった。
初演から25年を経て、今も世界中で上演が繰り返されている『ミス・サイゴン』。この3月からは、ブロードウェイでリバイバル版の上演が始まった。今回映画になったロンドン公演でキムを演じたエバ・ノブルザダとエンジニア役のジョン・ジョン・ブリオネスが、同じ役で出演しているのも話題だ。
ジョン・ジョン・ブリオネスは、本作が長く愛されている理由をこう語る。「まず愛と困難に立ち向かう、普遍的な物語ということ。そしてベトナム戦争以来、世界は大きく変わっているにもかかわらず、今も世界中で戦争は起きていて、同じことが繰り返されている。だから、こういう作品が大事なんだ。いま一度、光をあてるべきなのかもしれないね」
フィナーレで新旧キャストが並び立つ光景を見ていると、「受け継いでいくこと」の大事さや素晴らしさをひしひしと感じた。この先も長く、再演を重ねていってほしい名作である。
(日経エンタテインメント! 小川仁志)
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