有効求人倍率、25年ぶり高水準 景気以上に労働力不足
企業の間で人手が足りているかどうかを知る指標として有効求人倍率があります。職を求めている人1人に対し、2人分の求人があれば、有効求人倍率は2倍となります。人手不足になるほど数字が上がっていくわけです。
2016年の有効求人倍率が1.36倍と25年ぶりに高い水準になったことがニュースになりました。25年前といえば1991年、バブル経済の名残があった頃です。
当時も今も飲食店などサービス業や建設業で人手不足が深刻でした。当時の外食産業は新メニュー提供など攻めの経営のため人手が必要だったのに対し、今は人材が確保できず営業時間を短縮するなど切迫感の度合いは異なります。
企業は待遇を良くして人を集めようとします。給与で実際にどれだけのモノやサービスを買えるかを示す実質賃金をみると、16年は5年ぶりに前の年を上回り、0.7%増えましたが、25年前の1.1%増には届きませんでした。
今の企業は賃金の高い正社員よりも、賃金を抑えやすいパートタイムで働く人をより多く雇おうとしているのです。それは16年の有効求人倍率から浮かび上がります。正社員の倍率が0.86倍なのに対し、パートはほぼ倍の1.70倍。働く人全体に占めるパート比率は3割と91年当時の2倍以上になっています。
国の政策もあり、今まで働いていなかった女性や高齢者が働き始めています。民間調査によると、三大都市圏でアルバイト・パート募集時の平均時給が昨年11、12月は1000円を超えました。それでも全体の賃金の伸びが鈍いのは、パートの賃金が月額でフルタイムの約2割にすぎないからです。サービス業など特に不足感の強い職種の時給は、そもそも低めであることも影響しています。
25年前の日本で大手企業の賃上げ率は5%台でした。今は2%台にとどまります。バブル期には上がれば上がるほど景気拡大の力強さを示す指標とされてきた有効求人倍率は、日本の労働力不足の深刻さを表す物差しへと役割が変わってきているようです。
川口教授「将来への不安、賃金上昇幅を縮小」
人手不足と賃金停滞がともに観察される現象について、労働経済学が専門の川口大司・東京大学教授に話を聞いた。
「日本企業の多くはここ数年、実は賃金を引き上げてきました。厚生労働省の調査では1人あたりの賃金を引き上げた企業の割合は1999年以降、6割以上で推移し、2014~16年は8割を超えています。しかし、16年の実質賃金は5年ぶりの上昇でしたが、10年前より8.7%低い水準にあります」
「この現象は、パートタイムで働く人や、正社員であっても賃金の低い職種で働く人が増え、全体で平均賃金が減少したように見えるために起こるのです。そのことを確認しようと、私たちは、パートで働く人の比率が増えずに、そのまま維持された場合に賃金がどのようになるかを試算しました。その結果、01年から13年にかけて実質の平均賃金は緩やかではありますが上昇していたことが分かりました」
「この現象の背景には、今まで働いていなかった女性や高齢者が新たに仕事に就いたことがあると考えられます。こうした人たちは夫の収入の減少や、年金が支払われる年齢の引き上げといった先行きへの不安から、賃金の高さ以上に職に就くこと自体が大切と考えて働くのです。そのため、賃金が大きく増えなくても同じ職場にとどまる傾向が強く、結果的に自分たちの職場の賃金の上昇幅を縮めてしまう場合があります」
「米国でも、人手不足と賃金上昇の鈍さがともに観察され、日本と同じように働く人たちの変化が影響しているとする研究結果があります。日本だけの現象ではないようです」
「女性や高齢者が働きだしたことが賃金の伸びを抑えているという話をすると、誰もが活躍できる『一億総活躍社会』を目指す国の政策は、賃金上昇の障害になるのではないかという議論が出てきます。ただ今後、本格的な少子高齢化社会を迎える日本で、女性や高齢者の労働供給は欠かせません。経済政策の良しあしを賃金上昇の一点だけで評価することには慎重であるべきです」
「働き手が必要な点では、外国人労働者を積極的に受け入れるべきだという意見もあります。これは技能も賃金も低い労働者を対象にした議論ですが、大事なのは日本社会が、日本人と外国人に分かれてしまわないことです。もし受け入れるのなら、双方が理解し合いながら、日本文化がたゆまなく続いていくよう計画的に進める必要があります」(福士譲)
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