ビジネスバッグもジェンダーフリー 女性目線で開発
女性のビジネスパーソンは、どんな仕事用カバンなら使い勝手が良く、かつ美しい姿に見えるだろうか。得意先回りにPCや書類を持ち歩く営業職に就くような女性は増えたが、カバン市場は旧態依然としたまま。従来のビジネスバッグは男性が使うのを想定した設計だから女性の手には重く、使いづらく、服装にも合わせにくい。といって、ハンドバッグで代用するには機能不足、収納力も耐久力も足りない――。
働く女性がカバンに抱くこうした不満を解消しようと、総合バッグメーカー大手のエースは女性社員から意見を募り、女性目線で開発したビジネスバッグの新カテゴリー「WORK STYLE BEAUTIES」(ワークスタイルビューティーズ)を2016年秋に立ち上げた。女性ビジネスパーソン向けバッグ市場の開拓に向け、商品コンセプトは"ジェンダーフリー"の位置付け。第1弾は、機能性とデザインを「ビジネス」「ビジネスカジュアル」「ビジネストローリー」の3つに分けたシリーズで展開する。
「実用性だけでなく、美しい立ち居振る舞いをサポートして"所作美人"を目指す」(同社)とうたうビジネスバッグだ。一体どんな特徴があるのか? 男性向けビジネスバッグとの違いに注目してみたい。
「新しい市場の開拓」に、本格的に着手
総務省の調査によると、日本の労働力人口は1998年(平成10年)をピークに長期的な減少傾向にあるが、男女別では違いが見られる。全産業合計の就業者数は、2003年からの10年間で男性は109万人が減少する一方、女性は104万人の増加となった(内閣府男女共同参画局資料による)。具体的な職種については細かく調べる必要があるが、近年、女性の活躍の場を広げる取り組みを強化する企業が増え、女性のビジネスパーソンは増えている。女性の登用推進で役職に就く人も増えている。にもかかわらず、女性向けのビジネスバッグはこれまで市場を形成できなかった。
エースマーケティング部PR・広報担当チーフの森川 泉さんはこう説明する。「メーカー各社がチャレンジはするものの、正直なところ、うまく取り組めなかったカテゴリーでした」。なぜか? 理由の1つに挙げるのが、商品と売り場のマッチングの問題だという。「業界が『カバン』と『ハンドバッグ』の2つに分かれていることに加え、百貨店のカバン売り場の多くはメンズフロアにあり、女性向けのカバンも男性向けと同じ売り場に置かれてしまう。メンズフロアに1人で行く女性はほとんどいないので、商品を作っても消費者に届かない。ニーズは確実にあるのですが、思うように売れず、メーカーは生産を止めてしまう。市場が根づかない、という状態でした」
WORK STYLE BEAUTIESという新しいカテゴリーを、社名を冠したバッグ&ラゲージブランド「ace.」(エース)でスタートさせたのは、女性ビジネスパーソンをターゲットとする市場開拓に本格的に取り組み、需要拡大を狙う意欲の表れだ。百貨店と専門店を中心に全国の約260店舗で販売し、売り上げの目標額は初年度3億円、次年度5億円。「当面は開拓の段階ですが、強い意志を持って年々伸ばしていく」(森川さん)と意気込む。
女性目線で開発、「ハンドル」からこんなに違う
では、女性目線で開発するビジネスバッグは従来型とどこがどう違うのか。最もベーシックな「ビジネスシリーズ」の代表的商品と、エースブランドで男性向けに開発されたビジネスバッグの定番商品を比べてみよう。
男性向けカバンの売れ筋は黒かネイビーがほとんどで、ベージュはなかなか見かけない。デザインは細部で大きく異なる。違いが明瞭なのがハンドルだ。従来のビジネスバッグは男性が使うものという認識が一般的で、「男性が持ちやすいハンドル、男性の手になじむようなグリップを、業界が当たり前のように意識して開発を進めていました」(MD統括部エースブランドMD担当の山口彩乃さん)。
これが女性には重くて持ちづらいのだ。「男性はバッグを手で提げる持ち方が一般的ですが、女性の場合、手で提げる人は少なくて、肩に掛けるか腕に掛ける人がほとんど」(山口さん)。ビジネスバッグは腕に掛けるのも適さない。何より、「お父さんのを持ってる!」みたいな借りモノ感が漂ってしまう……。
そこで女性目線で開発したハンドルは「肩に掛けられる長さ」、かつ「食い込まない太さ」にこだわった。いずれも、女性の営業社員の意見に重きを置いた。「得意先へ商談に行く際、カバンにPCやカタログを入れれば、ずっしり重くなってしまいます。肩に掛けたいけれど、ハンドバッグのように細くきゃしゃなハンドルだと肩に食い込んで痛い、という声でした」(森川さん)
しかも欲張りなことに「ショルダーベルトも付けてほしい」という要望も叶えた。「仕事帰り、自転車の後ろに子どもを乗せ、前のカゴにスーパーで買い物した荷物を入れるとバッグが入れられないので、斜め掛けしたい場面もある、という声が寄せられました」(森川さん)。メッセンジャーバッグ的に斜め掛けすることも可能なのだ。
カバンは女性にとってはファッションの一部
もともと男性に売れるビジネスバッグは「耐久性、機能性に優れている」のがウリ。素材は糸が太くて頑丈で、マチが広げられて収納力が高く、中はポケットがたくさん付いて仕分けに便利、といった仕様になる。当然、重さもカサも増していく。「やはり男性はカバンを"道具"ととらえるのでしょう。便利な機能がたくさんついたものを好む傾向があり、カバンのポケットも"自分の荷物の指定席"という感覚が楽しいのだと思います」(森川さん)
一方、女性にとってバッグはファッションアイテム。ハンドバッグにも自分を引き立てるようなオシャレ感を求める。アクセントになる金具もゴールドでかわいいが、「いろんな部分がきゃしゃで、これにカタログなどを大量に入れるのは不安ですよね」(山口さん)。
質の良い商品というのは細部を眺めるのが楽しいものだが、仕事用に持ち歩くWORK STYLE BEAUTIESも用途に応じた工夫が随所に光る。耐久性を高めるステッチもその1つだ。「バッグはどこに負荷がかかるか、デザイナーは熟知している。長年、多種多様なバッグを手がけてきたメーカーのノウハウを開発に生かせるのが強み」(森川さん)だという。
「得意先できちんした人に思ってもらえるようなバッグを持ちたい」
エースでは1940年の創業以来初となる女性開発チームを発足し、女性目線で開発するブランド「HaNT」(ハント)を2014年にスタートさせた。若い女性客の新規獲得を狙うもので、コンセプトは「私が欲しいスーツケース」。招集された第1期メンバーは、モノづくりの常識を知らない20代の女性若手社員6人のみ。リーダー不在、販路未定、目標も計画もない、売れなくてもいい……とまでいわれるほど"プロらしくない"チームだった。だが、「開発者とお客が等身大の感性をもつリアルターゲットで作る」というプロセスが功を奏し、開発したスーツケースは現在も好調な売れ行きという。
今回のWORK STYLE BEAUTIESも、社内ヒアリングで得た営業職20~40代女性社員の声が、まさにターゲット層をとらえるイメージと重なった。「意見を集約すると、『得意先できちんした人に思っていただけるようなバッグを持ちたい』というニーズが根底にあるんです」(森川さん)
その1つが、自立しやすいバッグ。「名刺交換や商談などで床にバッグを置いた際、ぐで~っと倒れないようなバッグで"きちんと感"を出したい、と」(同氏)
名刺交換で動作がもたつかないように、名刺入れをスッと取り出せる外ポケットを付けた。「男性の服装とは違い、女性の服はポケットが少ない。それを解消するためにカバンの外側にポケットをたくさん付けています」(同氏)
上部に天ファスナーを付けて中身を丸見えにしないのも、きちんとした感じを印象づける。「得意先で見られてもだらしなくないですし、通勤時の満員電車でも安心です」(同氏)
「それに、女性用バッグでPC収納部が付いているものはきわめて少ない。通常はPC用のバッグを別に持つ人が多いのですが、これはクッション性のあるPC専用ポケットを内蔵した形です」(同氏)
旅先でも持ちやすくスマートな移動が可能なように、トローリーケースへのセットアップ機能も搭載した。
目指すは所作美人
名刺入れ一つを出すのにゴソゴソしないとか、そのバッグを使えば得意先でだらしなく見られない、というのは、「『結局、所作美人を目指すということだよね』という認識で、機能とデザインを両立させる方向性を明確にした」と語るMD担当の山口さん。「WORK STYLE BEAUTIES」というネーミングにその意味合いを込めたという。
開発段階で、男性社員からは「このデザインかわいいの? 金具もゴールドのほうがかわいいんじゃないの?」といった意見も出たそうだが、女性開発陣は休日に持つバッグとの使い分けにこだわった。
「このバッグはあくまで仕事で使うもの。休日に使いたいとは思わないし、仕事の服に合えばいい。だから色もベーシック。あくまで仕事用だからキラキラさせなくていいし、値段も4万、5万もするなら買いたくない。手ごろな価格がいい、という声が上がりましたね」(森川さん)
ただし、「休日には使わないけれど仕事帰りに習い事に行くので、カッチリしすぎないタイプも欲しい」というワガママな要望に応えたカジュアルめのビジネスバッグも開発した。さらに、出張に便利なビジネストローリーにも、おおっ!と驚く工夫を盛り込んだという。
「?」と「!」を武器に、トレンドのリアルな姿を取材するジャーナリスト。
[日経トレンディネット 2017年2月13日付の記事を再構成]
ワークスタイルや暮らし・家計管理に役立つノウハウなどをまとめています。
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