スーダンの「恋人たちの聖地」 奇岩・タカ山旅する写真家のひとり言(2) 渋谷敦志

エチオピアの山岳地帯を歩く

装備は最低限で、カッパと傘、ビスケット、あとはキヤノンの一眼レフカメラとフィルムが100本ほど。完全に準備不足だった。気温は日中でも10度前後。雨がしとしと降り続いた。初日から疲労困ぱいで、写真を撮る余裕もなくなり、10分に1回くらいの割合で、もういい、フィルム半分捨てたい、ラーメン食べたいなど誰も聞いてくれない泣き言をつぶやきながら、ただ歩いた。

山道は崩れ落ち、雨が急流となって行く手を阻む。流されれば、間違いなく死ぬ。荷物やカメラを現地の人に預け、ぼくはドンキー(ロバ)にまたがった。「ドンキーはけっして落ちない」という。ほんまか、とぼやきながらドンキーに命を預けて川を渡る。

「こんなことして、いったいどこに行くというのだろう」。そんな根本的な疑問が湧き始めた3日目に、ようやく最初の目的地の村に到着した。そこには、布をまとった人々が何百人も、雨の中、体を震わせながら、ぼくたちの到着を待っていた。彼らに食料を配り、子どもたちに麻疹のワクチンを接種するのがミッションだったのだ。

どこか凜とした王のたたずまい

人々は飢えていた。しかし、ファインダー越しに見る人々はどこか凜(りん)とした王のたたずまいだった。厳しい自然を生き抜いてきた人たちの強烈な生命力の発露に触れた。「生きたい、生きたい」、そんな肉感を伴った声を聞きながら、ぼくはひたすらにシャッターを切った。その後も食事も睡眠もなかったが、疲れを忘れて撮影に没入した。

ようやく目的の村に着くと大勢の人たちが待っていた

あれから18年。ぼくはまだアフリカを旅している。もう20回以上だが、空港の出入国は今も緊張する。バゲージはロストする。車を止められ罰金という名の賄賂をせしめられる。四輪駆動車もスタックするほどの悪路くらいは問題じゃない。銃を向けられ凍りついたこと、スパイ嫌疑で拘束されたこと、食中毒で死にかけたこと、強盗で機材全てを強奪されたことを思えば。

アフリカを旅することは大抵疲れるし、うんざりすることの繰り返しだ。それでも、ごくまれにだけど、そんな苦労の経験が一気に報われるような瞬間に出合うことがある。自分の生命力が躍動するようなあの感覚は生きる糧になる。そんな感覚をアフリカは今も与えてくれるから、ぼくはこりずにまた帰ってくる。「こんなことして、いったいどこに行くというのだろう」という自問を繰り返しながら。

渋谷敦志(しぶや・あつし)
写真家。1975年大阪府生まれ。立命館大学在学中に1年間、ブラジル・サンパウロの法律事務所で働きながら写真を本格的に撮り始める。2002年、London College of Printing(現London College of Communication, University of the Arts London)卒業。著書に『回帰するブラジル』(瀬戸内人)など
・個人サイト http://www.shibuyaatsushi.com/

前回掲載「『地雷を踏んだらサヨウナラ』の地、カンボジアの今」では、写真家を志すきっかけとなった場所、カンボジアでの出会いと思い出を語ってもらいました。

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