失敗こそ、心に潜む盲点に気付くチャンス ウィンチ氏
「NYの人気セラピストが教える 自分で心を手当てする方法」著者インタビュー(3)
あらゆる分野で先陣を切る登壇者がそのアイデアを世界に広める「TEDトーク(TED Talks)」において、「感情にも応急手当てが必要」と題したプレゼンテーションが430万回以上再生されているのが、心理学者、ガイ・ウィンチさん。来日したガイさんに、私たちが忘れがちな"心の傷"の手当ての大切さ、悩み多き現代人が自らを癒やすヒントについて聞いた(第1回は「なぜ心の傷に応急手当てが必要か」、第2回は「『苦しいときは話すことが大切』のウソ」)。
失敗したとき、なぜ自分をさらに追い込んでしまうのか
ガイ・ウィンチさんは、著書「NYの人気セラピストが教える 自分で心を手当てする方法(原題:EMOTIONAL FIRST AID)」で合計7つの「心の傷」を取り上げ、それぞれの傷の症状、特徴、そしてすぐに実践できる気持ちの切り替え方などの「手当ての方法」を解説している。
〈ガイさんが著書で取り上げている7つの心の傷〉
1「自分を受け入れてもらえなかったとき」――失恋、いじめ、拒絶体験
2「誰ともつながっていないと感じるとき」――孤独
3「大切なものを失ったとき」――喪失、トラウマ
4「自分が許せなくなったとき」――罪悪感
5「悩みが頭から離れないとき」――とらわれ、抑うつ的反芻
6「何もうまくいかないとき」――失敗、挫折
7「自分が嫌いになったとき」――自信のなさ、自己肯定感の低下
◇ ◇ ◇
――7つの心の傷が著書では取り上げられていますが、このなかで、現代の大人たちに最も多く起こりがちな傷を一つ選ぶとしたら、何でしょうか?
6つめの心の傷、「失敗、挫折」は最も一般的で、起こる頻度も多いものだと思います。失敗や挫折は、誰の人生にもつきものですが、失敗にどう反応するかは人によって違うのです。例えば、
◎どうせ手の届かない目標だと思い、投げ出す
◎無力感に襲われて動けなくなる
◎成功するまであきらめずに挑戦し続ける
◎失敗のストレスと恥ずかしさで我を失ってしまう
というふうに。
どう反応するかは、人それぞれで、ケースごとに異なります。しかし、知っていてほしいのは、とはいえ、失敗することがときには心に大きな傷を残し、放置すると深刻な症状を引き起こすことがあるということです。
――「TEDトーク」でガイさんがおっしゃっていた、「心や感情は自分が思うほど信頼のおける友ではありません。彼らは実に気分屋で、強い心の支えになってくれるかと思えば、次の瞬間には実に嫌な奴になります」というお話が印象的でした。失敗したときにも、心が"嫌な奴"になることがあるのですか?
そうです。失敗、という心の傷ができると、私たちが意識しないうちに、次のような3つの症状が起こります。
〈失敗したときに起こる3つの症状〉
1 自信喪失
自分の能力やスキルに自信がなくなり、必要以上に自分を低くみてしまう
2 無力感、無気力
前向きに挑戦する気持ちがなくなり、何をやってもうまくいかないと感じる
3 不安
次も失敗するのではないかという不安が高まり、本来の力が発揮できなくなる
例えば、ある女性が男性とファースト・デートをしましたが、デート開始から10分後、彼は立ち去ってしまいました。
その女性に向かって「何を期待しているの? あなたはお尻が大きいし、面白いことの一つも言えない。あんなにハンサムで有望株の男性が、あなたみたいな負け犬とつきあうと思う?」――このような言葉をかける友人がいたとしたら、どうでしょう? 信じられない言葉ですが、これこそが、私たちが失敗したときに自分に向かって言っている言葉なのです。
この女性のように、好きな人にふられたり、友達から仲間はずれにされたり、無視されたりといった「拒絶」体験のときなどは特にそうで、自分の手で傷口を広げるように、自分の失敗や欠点ばかりを数え始めます。体の傷であれば、わざと悪化させるようなことはしないはずです。腕を切って「ああ、分かってるよ。ナイフでどこまで深く切れるか確かめているんだ」と言ったりはしないでしょう?
失敗や挫折をしたときは、ゆっくりと心をいたわる必要があります。
失敗したら「心理的な盲点」を探してみよう
――とても分かりやすいです。確かに、失敗すると、自分の能力をことさら低く感じ、「あんなことをしなければよかった」と後悔し、余計に次に挑戦する意欲がなくなってしまう、というのは多くの人が経験済みかもしれません。では、どうすればいいのでしょう。
人は、1回失敗すると、4回、5回と際限なく繰り返してしまうことが多いのです。なぜなら、どうしてそうなってしまうかを理解していないから。これを私は「心理的な盲点(blind spot)」と呼んでいます。「失敗は私たちの心理的盲点を見せてくれる地図だ」と受け止めるといいのです。
簡単な例を挙げてみましょう。
いつもオフィスに遅刻してくる人がいます。「どうして遅れたの?」と聞くと「いつも時間通りに家を出るのですが、なぜか遅れてしまうんです」と答えます。でも、結果として彼は遅刻しているのです。
そこで、話し合い、「彼の行動のどこに心理的盲点があるのか」を探ります。彼が家を出る支度をして、ドアを閉め、地下鉄に乗り……というルートをたどり、振り返ってみるのです。
その結果、家を出る前に、いつもコートや鍵、傘の場所が分からずあちこち探し回っていることが遅刻する原因だと分かりました。これらのものをいつも決まった位置に配置すれば、「遅刻する」という失敗を解決できるのです。
――なるほど、遅刻をする、という日常的な失敗を防ぐ方法に有効ですね。例えばもっと「心の傷」に近いような失敗パターンとその手当てのケースはあるでしょうか。
同じように、それまでにやってきた行動を振り返ってみることがヒントになりますよ。ある男性を例に挙げましょう。
営業職のマネジャーをしながら、マジシャンになる夢を抱いてきた。しかし、エージェントを見つけることができずに、「もう諦めよう」と決めたときから絶望感と無力感にとらわれ、うつ病に近い状態になってしまった30歳のレニーです。彼は、考えられることは全てやった。それでも失敗してしまった、と落ちこんでいました。そこで私は次のようなエクササイズを提案しました。
〈実行上手になるエクササイズ〉
【ステップ1】自分がどんな失敗をしたのか紙に書きましょう。
レニー「プロのマジシャンになれなかった」
【ステップ2】失敗の原因として考えられるものを全て書き出しましょう。
レニー「インパクトのある決め技がなかった。エージェントがつかなかった。マジック界にコネがない。そもそもマジックが流行っていない」
【ステップ3】今挙げた原因のなかで、自分で変えられることはどれでしょうか。変えられないことはどれでしょうか。
レニー「変えられないこと=エージェントがつかなかったこと。決め技を開発する才能がないこと。コネがないこと。マジックが流行っていないこと」
「変えられること=マジックを諦めたこと」
【ステップ4】「変えられないこと」についてそれが本当に変えられないのかどうか検証しましょう。与えられた条件だと思っていたもののなかで、自分の行動に置き換えられる部分はないでしょうか。
レニー「決め技を開発する才能がない→考え方が一面的だった」
「コネがない→マジック関係者と知り合う場に参加しなかった」
「マジックが流行っていない→ユーザーの嗜好に合わせたマジックを考えようとしなかった」
【ステップ5】前のステップの答えを参考に、新しい実行方針を決めましょう。何をどう改善すれば成功に近づくことができるでしょうか。
レニー「決め技を考えるために、いろいろな側面からブレインストーミングしてみる。マジック関係者が集まるイベントに積極的に顔を出し、ソーシャルメディアでつながりを増やす」
それから8カ月後、レニーから「新しい決めワザを開発し、テレビで披露することになりました」と連絡がきました。テレビに映った彼は、自信に満ちたプロの顔をしていました。
――なるほど、「絶対に変えられない」と思っていることも、こんなふうに順を追って考えてみれば、「変えられること」に切り替えていけるのですね。まさに、「心理的盲点」があったことに気付くきっかけになるエクササイズですね。私たちの仕事や日常的な失敗でも実践できそうです。
心理的盲点に気付き、そこを修正していくと、一つではなく、多くの失敗を解決していくことができます。
このエクササイズは、失敗や挫折を経験したら、すぐに実行することが大切です。これを行えば、「もう何をやってもだめだ」という無力感をやわらげて、前向きな気持ちになれるのはもちろん、次に挑戦するときに成功する可能性を高めることができます。
◇ ◇ ◇
次回、最終回では、私たちが、身近な人を元気づけたいときにどのようなステップを踏めばよいか、さらにガイさんが日々実行している「日常的な心の手当て」について聞く。
心理学者。ニューヨーク大学で臨床心理学の博士号を取得後、セラピストとしてニューヨーク大学メディカルセンターに勤務。その後、マンハッタンで開業し、20年以上にわたって心理療法を実践している。講演家としても定評があり、TEDトーク「感情にも応急手当が必要な理由」は430万回以上(2017年2月時点)視聴され、「2015年で最も人気のトーク」にランクインした。「ハフィントン・ポスト」や心理学誌「サイコロジー・トゥデイ」にブログを寄稿。他の著書に「The Squeaky Wheel」(未邦訳)がある。
(ライター 柳本操)
健康や暮らしに役立つノウハウなどをまとめています。
※ NIKKEI STYLE は2023年にリニューアルしました。これまでに公開したコンテンツのほとんどは日経電子版などで引き続きご覧いただけます。