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長時間労働はなぜ悪い? 医師が明かす睡眠不足の怖さ こちら「メンタル産業医」相談室(3)

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2017/3/1

一例として2003年に発表されたペンシルベニア大学とワシントン大学において行われた睡眠制限実験をご紹介しましょう。通常7~8時間の睡眠が必要な睡眠体質を持つ人を6時間しか眠らせないという制限を行ったところ、彼らの精神的・身体的パフォーマンスはどんどん直線的に低下していき、わずか2週間後にはなんと「2日間の徹夜を行った人」と同程度にまで低下してしまったのです。さらに恐ろしいのは、彼らはその状態を自覚できていなかったということです。「はじめの数日は低下したと感じたが、そのあとはさほど低下した実感がなかった」のだそう[注1]

[注1]Sleep. 2003;26(2):117-26.

つまり、長時間労働で睡眠不足が続けば続くほど、集中力、作業能力がどんどん落ちてタスクをこなすのにより多くの時間が必要となる。さらに注意力、判断力も低下するためミスも増え……という悪循環に陥っていくのですが、当の本人はその現実を正しく認識できない。「疲れは感じているが、まあ仕事は何とかできている」と考え、体力や気力が高い人ほど頑張り続けてしまうわけです。

また睡眠不足は産業事故のリスクを約8倍高めるともいわれています。

睡眠障害の世界的権威ウィリアム・C・ディメントの名著「ヒトはなぜ人生の3分の1も眠るのか?」によると、1989年に起こった巨大タンカーが座礁し多量の原油が流出した事故は操縦士の睡眠不足による判断ミスが原因として指摘されていたそうです。

私が過重労働面談をするなかでも、ここまでの大事故には至らないものの「重要な会議で質問された意味を取り違え、間違った応答をしてしまった」「クライアントとの約束をついうっかりすっぽかしてしまった」「事実誤認して部下を怒鳴りつけてしまい泣かせてしまった」などといったミス、トラブルを起こした人が複数います。

とにかく長時間労働が続き睡眠不足が続けば、あなたの能力が十分に発揮できない状態がどんどん増えていくだけでなく、あなたが予期していないアクシデントが起こる可能性があるのです。

■長時間労働はメンタル不調の要因にも

長時間労働者がうつ病などのメンタル不調やめまい、動悸(どうき)などの体調不良を発症するのも、こういったアクシデントが契機になることが少なくありません。

慢性的な睡眠不足と働き過ぎによって疲れが蓄積しているところに、予期しないアクシデントが発生し、ガツンとストレスが加わる。するとギリギリのレベルで何とか働いてくれていた体や心の機能が、正常なバランスを保てなくなってしまうのです。

しかしこの予期しないアクシデントが、「実は長時間労働によって睡眠不足が続いたことで、認知力、判断力、集中力が落ちたために発生したのだ」という根本原因に、本人も会社も気付いていないことが実は大変多いのです。

気付かないうちにたまり予期せぬアクシデントを引き起こす睡眠不足の状態を断ち切るには、先に述べた「睡眠負債」をなるべく早く返済していくことが大切です。ではどのようなペースで返済していくのがいいのか、それについては次回(2017年3月8日公開予定)の記事で紹介します。

奥田弘美(おくだ・ひろみ)
精神科医(精神保健指定医)・産業医・作家。1992年山口大学医学部卒。精神科臨床および都内18か所の産業医として日々多くの働く人のメンタルケア・ヘルスケアに関わっている。執筆活動にも力を入れており「1分間どこでもマインドフルネス」(日本能率協会マネジメントセンター)、「一流の人はなぜ眠りが深いのか」(三笠書房)など著書多数。日本マインドフルネス普及協会を立ち上げ日本人にあったマインドフルネス瞑想の普及も行っている。

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