野田秀樹先輩の演劇に衝撃 斜に構えるのが筑駒カラー冨山和彦・経営共創基盤CEOが語る(上)

だから卒業生も、大企業に入ってトップを目指すというよりは、自分の才覚で勝負できる学者や法律家、官僚になる人が多い。最近だと、人工知能(AI)関連のベンチャーの経営者になる人が目立ちます。

筑駒的な価値観で言うと、地位やお金など、世間から認めてもらうために働くのは、成功したとしても、オシャレじゃない。そんなのは、上昇志向さえ強ければ簡単に手に入れることができると考えるからです。言い方を変えれば、ガツガツしていないので、ガツガツ度勝負では勝てないと自覚しているともいえます。まあ、スノッブというか、社会に対し斜に構えているというか、それが良くも悪くも筑駒のカラーだと思います。

中学3年の時に、「ただの人」であることを自覚した。

「中3の数学の授業で、天才的にできる人との差を思い知らされた」と話す

筑駒は中学受験で入る人が120人、高校受験で入ってくる人が40人、合わせて1学年160人です。そのうち3分の2ぐらいが東大に進学します。

先ほども述べたように、みんな小学生の時は神童なのですが、筑駒に入ると、周りも勉強ができるので、大半が「ただの人」になってしまいます。私は入学試験の成績が良く、最初は授業の成績もかなり上位のほうでした。ところが、中学3年くらいの時に、「オレって、ひょっとしたら普通かもしれない」と思い始めました。

それを強く感じたのは、数学の授業で、天才的にできる人との差を、思い知らされたことでした。

文系の科目は、答えが正しいかどうかは、かなり主観的で論争の余地がありますが、理系、特に数学は、正しいのか誤りなのか、はっきりしています。また、勉強量と成績が比例する科目というのがありますが、数学はいくら勉強しても、天才的にできる人には逆立ちしてもかなわない。すごく才能のある生徒は、授業中も先生の話など聞かずに、もっと難しい問題を勝手に解いて遊んだりしていました。そういう同級生を見て、自分は理系の世界ではトップになるのは無理だと思いました。

勉強での限界を自覚し、課外活動に自分の存在意義を見いだそうとした。

世間的には勉強ができても、筑駒では普通の人だということを自覚してからは、自分の存在意義をどう見いだすか、もがきました。出した答えが、課外活動でした。

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