野田秀樹先輩の演劇に衝撃 斜に構えるのが筑駒カラー冨山和彦・経営共創基盤CEOが語る(上)

日本航空やカネボウなど数多くの企業再生にかかわってきた、異能の経営コンサルタント、冨山和彦・経営共創基盤最高経営責任者(CEO、56)。出身校は、東京大学の合格率の高さで知られる筑波大学付属駒場中学・高校(筑駒、東京・世田谷)だ。異能は筑駒でどう育まれたのか、本人に語ってもらった。

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中学1年の時、高校3年に劇作家の野田秀樹氏がいた。

高校2年の時に処女戯曲「アイと死をみつめて」を発表していた野田さんは、当時から、「高校演劇界に野田あり」と言われた有名人。筑駒でも、現役でありながらすでに伝説の人になっていました。

文化祭でも大人気。野田さんの演劇を鑑賞したいという人が学校の外からも押し掛け、整理券が配られるほど。私も中学1年の文化祭で鑑賞しましたが、衝撃を受けました。「高3になるとあんな芝居が創れるようになるんだ、すごいなあ」と。

で、みんな文化祭では野田さんのまねをして演劇をやりたがるのですが、いざやってみると野田さんの作品と似ても似つかない。そこで、改めて、野田さんのすごさを実感するわけです。

筑駒は、小学校ではみんな「神童」などと呼ばれた勉強のできる子たちが集まってくるので、勉強がちょっとくらいできても、それだけでは周りから尊敬されません。野田さんのように、何か一つの分野で飛び抜けた才能を発揮する人が注目を浴び、尊敬もされるのです。そんな雰囲気がありました。

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中学3年の時に、「ただの人」であることを自覚した。
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