難しいのは、機能的で衛生的であることがわかっても、そこにお金を払おうという意識が現地の人たちには全くないという点です。現状が問題だらけであることはわかっていても、みな、きょう・あすの支払いを第一に考え、安い方に飛びつきます。「長期的に見てお得」という考え方は、ケニアの人たちには希薄です。

日々を生きることに精いっぱいの人たちに向かってきれいごとを並べても通じないので、現地では「このトイレを使えば月々のバキュームカー代がこれだけ安くなりますよ」とか「穴掘りの必要がなくなり、その分、費用が浮きますよ」など、できるだけ「今より安くなる」ことを強調して話すようにしています。

「トイレ」から「社会全体」へと視野が広がった

ムクルスラムの路地。ドブには生活排水はもちろん、ゴミや汚水が流れている。ドブをさらった汚泥やゴミは路地にぶちまけられ、道はいつもふかふかしている。

ケニアでも以前から、牛糞(ぎゅうふん)などの家畜糞を堆肥に使用していました。ただし、昨今はその堆肥もなかなか手に入りにくくなり、農家の人たちはマサイ人が放牧しているところまでわざわざトラックを走らせて買いに行っています。

ですから、「より身近なトイレでできた堆肥を使えば、その分の費用が安く済みますよ」などと言いながら、説得していく。ケニアはバラの栽培も盛んなので、堆肥を使って育てたバラを見せて「どうですか、いいでしょう」と勧めたりもしています。

「これはもはやトイレではなく、肥料にするための原料を回収するコレクションポイントです」という言い方をすると、現地の人も「おお、そうか」とおもしろがってくれます。

ケニアで暮らし始めて3年になりますが、最初のうちは現地のパートナーさんがこちらの思い通りに動いてくれないと、彼らは怠けているんだと思っていました。しかし、3年たってみてわかったのは、彼らにとって私たちは発注者であり、お金を払う側なので、対等な関係ではないということです。

彼らにしてみれば私たちは雇い主ですから、うまくいかないことは報告したくない。日本の場合、問題があるとすぐに取引先からその報告が上がって来ますが、ケニアでは、こちらが聞かないと悪い情報は絶対に上がってこないんです。そのことに気づいてからは、悪い情報を上げてくれることも含めての依頼であり、だからこの金額を支払っているんだということも含めて密にコミュニケーションをとるようにしています。

発展途上国に持続可能なエコシステムをつくると口で言うのは簡単ですが、道のりは長い。私自身は、ただ単に「トイレが好き」というところから今の仕事に入りましたが、だんだんとトイレばかりではなく社会全体のあり方にまで考えが及ぶようになってきたのが、一番大きな変化でしょうか。

山上遊氏(やまかみ・ゆう)
1978年生まれ。東京都立大学(現首都大学東京)大学院工学研究科修了、2003年INAX(現LIXIL)に入社。愛知県知多市の工場で生産管理に従事した後、13年にLIXIL総合研究所に異動、ケニアでの循環型無水トイレシステムの事業化へ向けて実証実験に取り組む。16年、組織改編で「ソーシャルトイレット部」に。

(ライター 曲沼美恵)

前回掲載「『トイレおたく』女子、ただ今ケニアで奮闘中」では、なぜ、はるばるケニアへと渡ることになったのかを聞きました。

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