2人の星付きシェフとナパワイン 魔法のマリアージュ
ワインと料理のペアリングマジック(下)
「肉料理とワインのペアリング プラスαの食材で味一変」のセミナーで「ブリッジ食材」の魔力に魅せられたところで向かったのは、カリフォルニアワインの銘醸地ナパバレーのワインと、日本の若手スターシェフ2人のコラボディナーだ。
ブリッジ食材について簡単に復習すると、料理にプラスαとして加えるだけで、ワインと料理のマリアージュが劇的に変わる食材のことだ。ブリッジ食材によって、隠れているワインのアロマが引き出され、イマイチなペアリングが良いペアリングに変わるのだ。例えば、さわやかな白ワインにはユズの果汁、しっかりとした赤ワインには「たまりしょうゆ」などがブリッジ食材としてワインの魅力を引き出す。
ディナーの舞台は西麻布のフレンチ「レフェルヴェソンス」。生江史伸氏が2010年にオープンし、2016年にはミシュラン二つ星を獲得した、今勢いのある店である。料理でコラボする相手は、ミシュラン三つ星の京都老舗料亭「瓢亭」15代目の高橋義弘氏。新進気鋭のフレンチと450年の歴史を持つ茶懐石料理が、どのようにカリフォルニアワインとマリアージュするのか。約30人のゲストとナパバレーからの生産者が集った会場は、期待にあふれていた。
着席すると、用意されていた箸がしっとりとぬれていることに気づく。料理が箸に付くのを防ぐとともに、箸先に料理の味が染み込まないようにする効果があるそうだ。茶心に基づいたおもてなし精神に感激し、ディナーへの期待もさらに高まる。
煮物椀/ きんき カブのすり流し(レフェルヴェソンス)
乳清を使用して焼き上げた北海道産のキンキに、「レフェルヴェソンス」のスペシャリテであるカブを使ったすり流し。ふっくら柔らかいキンキの食感に、紅茶きのこにつけたカブのしゃきっとした食感が見事だった。
美しいお椀は、高橋さんが「瓢亭」から持参したもの。通常であれば「瓢亭」の料理に使うお椀を、あえて「レフェルヴェソンス」の一皿に使用したのは、「せっかくなら今日しかできないことを」という高橋さんの提案だそう。酉(とり)年の図柄がかわいい飾りは、くわいで作られている。季節を感じる、粋なはからいだ。
合わせたワインは、米国ではじめてシャンパンと同じ製法でスパークリングワインを造った歴史あるワイナリー「シュラムスバーグ」の最高峰キュヴェ「ジェイ・シュラム」。乾杯にふさわしい力強さと優美さを兼ね備えた味わいだ。乳清や紅茶きのこといった発酵食品が「ブリッジ食材」となり、口のなかで溶けるように繊細な泡と、クリーミーな余韻を際立たせていた。
向付/ ユズ釜盛り 松葉ガニとすぐきとセリのユズ味噌あえ ゴマ豆腐(瓢亭)
1976年、パリでワイン業界の歴史を変える大事件が起こった。フランスと米国のワインを銘柄を隠して審査員が試飲し点数をつけたところ、皆の予想に反して米国のワインが白も赤も1位になったのだ。そのときフランスワインに勝利した白ワイン「シャトー・モンテリーナ シャルドネ1973」を造った醸造家がマイク・ガーギッチ。彼が興したワイナリーが「ガーギッチ・ヒルズ」である。今回のシャルドネは、そのときの勝利から40周年を記念してつくられた特別なワイン。オーガニックに育てたブドウで造ったガーギッチ・ヒルズのシャルドネは、カリフォルニアの太陽を感じさせるふくよかさとともに、繊細さも残している。
合わせたのは、塩水で湯がいた松葉ガニと、セリとすぐきの味噌あえをユズでできた入れ物に詰めた温かい一皿。ゴマ豆腐、カニ味噌や白味噌といったこっくりした食材が、芳醇(ほうじゅん)なシャルドネとのペアリングの立役者となって、よりワインがふくよかに感じられる。
シャキシャキとした食感がおもしろい「すぐき」は、京都では漬物に使う発酵食品。すぐきの酸味に加え、ユズの蓋を絞ってさらに酸味を足したことが、もう一つの「ブリッジ食材」となっていた。シャルドネの芳醇な部分だけでなく、繊細さや爽やかさをより引き立てていたのだ。
強肴/ 白子 サツマイモスープ イノシシエキス ユリ根(レフェルヴェソンス)
もうひとつの白ワインは、ヴィオニエ種という白ブドウから造られたワイン。「シャルドネはそこそこ環境が良ければ、良いブドウが育ちおいしいワインになる。それに対して、"彼女"は気難しいパートナーで、注意しないとへそを曲げてしまう。そのかわり、うまくいけばエキゾチックでアロマ豊かなワインに化ける面白さがある」とこのワインを造ったダリオッシュのダニエル・デ・ポロ社長はいう。
"彼女"は相当機嫌がよかったのだろう、花畑を歩いているような気持ちになる華やかなワインだった。個性の強いワインだけに、料理との組み合わせも簡単ではないが、今回は甘いサツマイモの温製スープをペアリング。黒砂糖といのししのだしでつくられた滋味深いキャラメルソース、フリットにしたタラの白子のまろやかさ、少し固めのユリ根の食感。様々な要素が重なり合い、花の香りの白ワインと見事にマッチした。
炊合せ/ 蒸穴子 揚げ大根 クルミ 辛子(瓢亭)
メニューには「揚げ大根」と一言で書かれているが、120度の低温で揚げた後、スチームし、だし[注]のなかで炊くという3段階で調理した、隠れた手間のかかった一品。
[注]だしはまぐろ節を使うのが瓢亭流
ワインはトゥーミー・セラーズのメルロー。力強い赤ワインと合わせるためのブリッジ食材は、クルミとカカオ。メルロー種主体の濃厚な赤ワインと一緒に口に含むと、バニラやスパイスといったたる由来の風味がクルミにより引き出される。また、米国のメルロー種の特徴であるチョコレートのような香りが、隠し味のカカオとマッチして、ワインと料理に一体感を生みだしていた。
メインにさしかかり、生産者を囲んだ各テーブルの盛り上がりも最高潮。が、ひとたびマイクにスイッチが入り、生産者の説明が始まると、会場は静まり返る。「このようなイベントでは、メイン料理のときに話を聞いてくれることは、まずない。今夜は素晴らしい!」と生産者も驚くほど、ゲストはワインと食のペアリングマジックに引込まれていた。
焼物/ 京都七谷カモ 内臓ソース しいたけ ホウレンソウ シジミ(レフェルヴェソンス)
メインは、京都の七谷カモ。淡白な胸肉と、ジューシーなうま味が詰まったもも肉、2つの部位を楽しめる贅沢(ぜいたく)な一皿だ。美しい断面に、ため息がもれる。
合わせたシルバー・オーク・セラーズのカベルネ・ソービニヨン2012は、米国のステーキハウスでは最も人気のあるワイン。フランス製のたるに比べてバニラやココナッツなど甘いフレーバーが出やすい米国産カシの木で作ったたるを使用するのが特徴だ。うま味たっぷりの内臓ソース、そしてシジミのソースと、ワインのクローブ、ナツメグなど甘いスパイスの香りが重なり、お互いを引き立て合う好マリアージュだった。
ご飯/ 土佐あかうしのローストビーフ ごぼうご飯 サンショウ くわいせんべい(瓢亭)
香り高いごぼうご飯に、柔らかなローストビーフ、味付けはしょうゆベースでさっぱりと和風にまとめられている。サンショウの香りと、春を感じるふきのとうの苦みがポイント。
合わせたワインは、ロング・メドウ・ランチのカベルネ・ソービニヨン2008。ひとつ前のワインと同じブドウ品種だが、熟成期間が4年違う。熟成が進んだ分、果実味が前面に出過ぎずこなれている。ほのかに感じる土の香りがごぼうやふきのとうの香りと寄り添う。またアクセントのサンショウが、ワインと料理の清涼感を引き出し、絶妙の「ブリッジ食材」となっていた。
ドライチップスはくわいのせんべい。くわいで始まり、くわいで終わるというストーリー性のあるメニューも心憎い。
甘味/ モンブラン やまブドウ ブルーチーズ(レフェルヴェソンス)
茨城の和栗を使ったモンブラン。山ブドウの酸味、ブルーチーズの塩味とバニラ、ラム酒のフレーバー。
カリフォルニアの陽光に照らされたブドウで造られたナパのワインは果実味豊かで、しっかりとした味わいなことで知られている。和の色彩の強い繊細なモダンフレンチに茶懐石とはマリアージュしにくいのではと食べるまでは思っていたが、とんだ杞憂(きゆう)だった。
ワイン自体、果実味一辺倒でない魅力を放っていたし、ペアリングが見事だった。ユズ、クルミ、カカオ、発酵食品……いたるところにちりばめられた「ブリッジ食材」を発見するのも楽しく、とりこになった。ブリッジ食材の威力をたっぷり実感したワインメーカーズディナーでもあった。
シュラムスバーグ ジェイ・シュラム ノース・コースト 2008
ガーギッチ・ヒルズ シャルドネ パリ・テイスティング 2013
ダリオッシュ ヴィオニエ オーク・ノール・ディストリクト 2015
トゥーミー・セラーズ メルロー 2012
シルバー・オーク・セラーズ カベルネ・ソービニヨン 2012
ロング・メドゥ・ランチ・ワイナリー カベルネ・ソービニヨン 2008
(ライター 水上彩)
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