アイドルの経済効果とファン心理 マジメに考えた
なんてったってアイドルの追っかけはやめられない♪後編
IT技術の進歩が後押し 写真撮影から現像までの会話が楽しみに
日本にアイドルグループは1000以上あるといわれる。急増の背景になにがあるのか。自身もアイドルファンである経済アナリストの森永卓郎さんが「IT技術の進歩が大きいんです」と解説してくれた。昔はCDを1枚出すことでさえ大変だった。今は1枚10~20円で焼ける。原価は限りなくゼロに近い。ミニ写真集「フォトブック」の製本代も劇的に下がった。「少数のファンしかいない子でも写真集を出せる。CDや写真集の販売、撮影会をやるだけでビジネスとして回るようになった」(森永さん)。
SNSの急速な普及も大きい。宣伝費をかけずにイベントの告知ができ、ファンにメッセージを届けることができる。かつてにくらべ「参入障壁」が低くなったアイドルビジネス。「急速に膨れあがっているビッグバン状態」(森永さん)だ。
アニメ「ドキドキ!プリキュア」のエンディング曲やアイドル「でんぱ組.inc」、その妹分にあたる「妄想キャリブレーション」などの作曲を手掛けたDr.Usuiさんは「この1~2カ月で作曲の依頼が急激に増えている」と話す。男性のアイドルが増えているのが背景といい、Dr.Usuiさんも初めて男性アイドル向けに曲を作ったという。新しいアイドルグループを芸能事務所が積極的に仕掛けているようだ。
ファンとの距離の近さを売り物するアイドルがライブや握手会という現場に軸足を置くなか、ビジネスへの波及効果も広がってきた。ひとつが富士フイルムのインスタントカメラ「チェキ」だ。アイドルとファンが一緒に写真を撮影する場で使われている。世界的にもパーティーや友達同士の気軽な撮影用として販売台数を急速に伸ばしている。富士フイルムによると2015年度の販売台数は505万台と前の年度に比べ3割増。16年度も3割増の650万台を目標にしている。
撮影OKのライブ会場で驚くことがある。ファンが手にするカメラやビデオといった撮影機材がものすごい。プロカメラマンと同じ機材だ。レンズも含め100万円以上という人も珍しくない。お気に入りのアイドルを最高の画質で収めるのだ。
筆者もアイドル観賞のため1980年代半ばにいち早くビデオデッキやCDプレーヤーを購入。購入したVHSのビデオデッキで最初に観賞したのが菊池桃子さんの武道館コンサートだった。CDプレーヤーで最初に再生したのも菊池桃子さんのアルバム。AV機器の進歩も目覚ましいものがある。
矢野経済研究所の「オタク」市場に関する調査によると、15年度の市場規模はアイドル市場が前年度比30.7%増え1550億円。「オタク」と認識している層の1人あたりの年間平均消費金額も7万9800円と最も多い。2位のメイド・コスプレ関連サービスの2倍強だった。
興味のない人からみると意味のない支出かもしれない。それでもファンは苦にしない。アイドルとファンの間で見事な「ウイン・ウイン」の関係が築かれている。長く続いたデフレ下でモノが売れない時代といわれて久しい。アイドルビジネスから学ぶべき点も多いのではないだろうか。
森永さんが「デフレの時は多人数アイドルが売れる。おなじギャラでもお得感が強いからだ」と話していた。AKB48や乃木坂46など売れているのは多人数のグループがほとんどだ。2016年の有線大賞新人賞を受賞した「ふわふわ」もメンバーは19人。「現状はデフレから脱却していない」(森永さん)そうだ。
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抽選券のハズレの確率は? 輝く笑顔、お金で割り切れず
メジャーなアイドルの握手会は1部あたり1時間半が一般的だ。筆者は複数のメンバーの握手券を持っている場合、時間内にどのように回るか列をにらみながら考える。時間内にすべて回り切るためにはどの順で回るかが重要だからだ。
「自分はムダのない回り方をしているのだろうか」。こんな疑問に東進ハイスクール・東進衛星予備校で数学講師をしている松田聡平さんが答えてくれた。「それは『巡回セールスマン問題』ですね」。セールスマンがいくつかの都市を一度ずつ訪問して戻ってくるときに移動距離が最短になる経路を求める問題だ。都市数が少なければ最適な解は見つけやすいが、増えるに従って難しくなる。
「我々はアイドルの握手会という娯楽イベントで、壮大な数学的世界との交流を果たしていたんです」と松田さん。俳優の菅田将暉さんに似てイケメンの松田さんの話を聞き、なんだか自分もすごいことに取り組んでいた気がして誇らしい。
「5年以上のNMB48の吉田朱里さん推し」と話す松田さんは、大学の非常勤講師の塚田修一さんと「アイドル論の教科書」(青弓社)を共同執筆。本の中で松田さんは握手会を題材にファンの心理や行動を数学的に解析している。
抽選でメンバーと2ショット写メが撮れる握手会がある。写メ券は「6分の1」で当たると仮定すると、外れる確率は6分の5。6枚買っても、すべて外れる確率は6分の5の6乗で3分の1程度ある。松田さんは「買い足せば外れる確率は下がるが、どれくらい低ければいいのか」と悩んだという。「運悪く外れたらしょうがない」と思えるラインはどこにあるのか。数学的に考えるとリアリティが増し、時として直感とは逆の結論になるのがおもしろい。アイドルファンも頭を使って戦略を立てなければならなくなっているという。ちなみに抽選でサインがもらえるAKBの握手会があった。筆者は持っていた握手券20枚がすべて外れたことがある。
もちろん、人間の行動はすべてを数字で割り切れない部分もある。経済アナリストの森永卓郎さんが名古屋のローカルアイドルと話をしていて驚いたことがあるそうだ。「全員がノーギャラなんですよ。今まではありえなかった。ステージに立ってお客さんが盛り上がる、あの興奮を味わうとやめられなくなるんです」
アイドルを追いかける筆者はどうだろうか。これまで数多くのアイドルの卒業や芸能界引退をみてきたが、卒業なんて筆者の頭にはない。上武大学の田中秀臣教授が「日本は男女でキャリアの多様性が違う。女性は制約が多い中、壁を破ろうという人たちがアイドルを志す。その人たちがステージ上で放つ輝きがとてもまぶしい」と話していた。
アイドルの笑顔に癒やされ、がんばる姿に元気をもらう。1980年代を代表する人気アイドル、小泉今日子さんのヒット曲の歌詞から引用しつつ、大声で言いたい。「アイドル(の追っかけ)はやめられない」
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アイドルの現場を回ってみて感じたことがある。意外かもしれないが、今のアイドルブームは中高年が支えているのかもしれない。握手会のためCDを大量買いしたり、毎週のようにイベントに顔を出すのはそれなりの収入も必要だからだ。アイドル業界に詳しい識者2人に経済学的な見地からブームの現状やアイドルの魅力について語ってもらった。
「多様化時代に突入」 経済アナリスト・森永卓郎氏
アイドルは「仮想恋愛」の対象なんです。もともと素材のいい子にヘアメイクやメイク、衣装などスタッフがついて劇的にきれいにみえる。偶像化していく。
(昔の)アイドルは1000人、いや10万人に1人の才能の子を持ってきて、技術の高い人たちが見栄えよくしていく。そのため、とてつもなく輝く。すごいものができる。
たぶん、旧来型のアイドルは松田聖子さんが最後だろう。この時代のアイドルは本当に選ばれた人。事務所の社長の家に住み込んで修行を重ねる。人気もすごく長持ちした。いわゆるスターになった。2000年くらいからかなり大きな変動があった。AKBがその象徴だ。偶像に過ぎなかったアイドルに会いに行けるコンセプトを(AKB48グループ総合プロデューサーの)秋元康さんが発明した。
今ではユニットが増えた。この数年の変化はビッグバンのような大きな変化だ。もはや日本にアイドルユニットがどれだけいるか、正確な数さえわからない。
なぜか。IT技術の進歩が大きい。たとえば昔はCDを1枚出すことでさえ、大変だった。ジャケットを撮ってプレスに回すだけで1枚10円、20円で焼ける。原価は限りなくゼロに近づく。写真集だってそうだ。製本コストが下がり小さなファンしかない子でも写真集が出せる。CDや写真集、撮影会をやるだけでビジネスとして回るようになった。
アイドルの大量生産、大量消費時代からカオス、多様化の時代に突入している。ファンに「広く浅く」負担させる方式から「狭く深く」負担させる方式に変わっている。AKBは握手券をCDに入れ、ファンに何枚も買ってもらう。
マニアな市場は景気にかかわらず、ずーっと一緒といわれてきた。だが、やはりデフレになるとアイドル市場も不況になる。景気がいいとピンが売れるが、景気が悪いときほど人数が増える。割安感、お得感があるからだ。ドンと大勢で出ると、そこそこのユニットでも存在感をアピールできる。同じギャラでピンをキャスティングするよりも、使いやすい。イベントの時がまさにそうだ。
今はまだデフレから脱却していない。松田聖子さんとか小泉今日子さんは90年代にデフレに突入する前のアイドルなんですよ。聖子ちゃんが1番活躍していたのはバブルの時期と重なっている。そもそも、ピンのアイドルを時間をかけて事務所やレコード会社が育てるという長期戦略がとれる体力はない。大手企業なんて四半期決算で業績を出せという時代。どこもかしこも短期の成果を求める。景気がすごく良くなってみんなに余力ができれば状況は変わるのだろうが。
<もうひと言言わせて>
AKBは「宝塚」のような存在になるだろう。宝塚のトップスターもいつもテレビに出ているわけではない。宝塚という存在で存続し続けている。AKBは(前田敦子さんや大島優子さんなど)初期メンバーがあまりにも偉大すぎたので次世代への世代交代がうまくいかなかった面がある。私も昔から見ていたので、私自身も改革の波に乗り切れていない。それでもコアなファンの間で人気を少しづつ高めている。
注目しているSKE48の松井珠理奈さんは天才だ。歌も踊りもそうだが、ものすごく頭が良い。適応能力が高い。
「景気上向き、人材減を危惧」 田中秀臣・上武大学教授
アイドルとのかかわりは「AKB48の経済学」(朝日新聞出版)を書くために2010年の夏に準備をはじめたのがきっかけだ。AKBやももいろクローバーZといったメジャーなアイドルもみてきたが、やはりアイドルは近距離で見てきたほうがおもしろい。そこで、まだメジャーでないアイドルのライブ会場にいくようになった。
成長を見守る、応援するという気持ちだ。(コンサート会場として)日本武道館を目指すようになると冷めてくる。(アイドルとの)距離が遠くなるにつれ、楽しみも減る。これは限界効用の逓減だ。
アイドルビジネスはうまく回っている。ライブは(複数のアイドルが参加する)対バン形式の場合、入場料だけだと取り分が少ない。物販で稼ぐのが中心だ。1人のアイドルに対し4~5人の固定客がつけばなんとかやっていけるといわれている。40~50代のお金を持った人が毎週来れば最低ラインで、10人もファンがついたら余裕だ。もっともこれは事務所ベースの話でメンバーの取り分となると違うが。
音楽業界はライブでもうけるのが90年代からの世界的なトレンドだ。入場料も上がっている。デフレの中でも入場料などアイドル単価が上がっているのは世界的な流れを反映している。
不況になると新卒の就職率が下がり、フリーターやアルバイトにつく人が増える。これはアイドル業界にとっては悪いことでなく、いい人材が集まりやすい。最近、アイドルの卒業が多いのは若年層の雇用環境が改善してきたためだ。今後は魅力的な人材が減るかもしれないと危惧している。景気が上向いてきたので今年2~3月はアイドルグループの解散やメンバーの卒業ラッシュになるかもしれない。
今のアイドルには70年代のイメージは通用しない。一人ひとりの個性やパフォーマンスの幅が広い。これだけ広がると、もはや「アイドル」を定義するのはばからしい。職業として成長したということだろう。たとえば作家とかもそうだろう。作家とは、って定義できないだろう。
<もうひと言言わせて>
今年最も注目しているアイドルは「テレジア」の鈴木花純(かすみ)さん。テレジアにはひとりしかメンバーがいない。つまり鈴木花純さんはソロのアイドルということになる。
ミスコンに出てもおかしくない整った顔立ちと黒目がちの大きな瞳、流れる黒髪。華奢な体だがその歌声はその場の観客を、ぐいぐいその世界観にひきこむ迫力に満ちている。人の心を震わせる歌だ。アイドルというジャンルを超えて、普遍的に人の魂をつかんでいる。アイドル研究を長年続けてきたが、ここまで惚れ込んだ人材はちょっといない。ぜひ多くの人に彼女の歌を聴いてほしい。
(日本経済新聞夕刊「体験学」で、商品部・村野孝直が連載したものを加筆、再構成しました)
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