■英語教師ら3人が生んだスターバックス1号店 

スターバックス1号店

そのパイクプレイスマーケットを歩いていれば、嫌でも目に入るのが、通りを挟んだ向かい側にある小さなコーヒーショップの行列である。その店が実は、1971年にサンフランシスコの「ピーツ・コーヒー」に感化された英語教師、歴史教師、ライターの3人が開店させたスターバックス1号店だ。

一般的には「オリジナル・スターバックス」と呼ばれているが、ここでしか売られていないマグカップなどのオリジナルグッズもあり、平日でも日中は中へ入るのに列ができるほど。もっとも本当の1号店は、現在の店の右斜め手前あたりにあり、今の場所に移転したのは、開店から5年後だったそうだ。

実際に訪れると、日本でもなじみのあるあの緑のロゴがないので戸惑うかもしれないが、オリジナル・スターバックスでは、今もオープン当時のロゴがそのまま使われている。

スターバックスのオリジナルのロゴ

モデルはギリシャ神話に登場する「セイレーン」という海の怪物で、「ディクショナリー・オブ・シンボルズ」(J.E. Cirlot)という本に載っているセイレーンがモチーフだそう。

先ほど触れたオリジナルグッズは、当然このロゴのもの。他では売っていないものもあり、オークションサイトで、高値で取引されているグッズがある。ちなみにオリジナルロゴが使われている店舗がダウンタウンの北側、ワシントン大学近くのモールにもあり、旗艦店として位置づけられている。

イチローも通った寿司屋

もう1カ所、パイクプレイスマーケットへ行くなら、ここにも寄りたい。オリジナル・スターバックスの並びに「イン・アット・ザ・マーケット」という小さなホテルがあるが、そこに「SHUSHI KASHIBA」というお寿司(すし)屋さんがある。開店前から多くの人でにぎわう。

寿司屋「SHUSHI KASHIBA」。その前に経営していた「SHIRO'S」にはイチローも訪れた

そこで寿司を握る加柴司郎さんは、シアトルに初めて江戸前寿司を紹介した職人。以前はダウンタウンの外れで「SHIRO’S」というお寿司屋さんを営み、そこでは偶然、イチローとも会ったことがあるが、その店の経営権を譲った後、15年の冬に「SUSHI KASHIBA」をオープンさせた。

寿司屋を経営する加柴司郎さん

京都出身ながら江戸前寿司に魅せられた司郎さんはかつて、作家の池波正太郎も通ったという京橋の老舗寿司店「与志乃鮨(すし)」で修業。最初の1年は数寄屋橋店で働いたが、そのとき店を任されていたのが、後に同じ場所に「すきやばし次郎」を開店させる小野二郎さんで、司郎さんは「基本中の基本を教わった」と振り返る。「すべて、二郎さんから」

ただ将来的に、日本ではなくアメリカで寿司屋をと考えた司郎さんは1966年12月1日、シアトルへ渡る。以来50年、シアトルにこだわって寿司を握り続けている。

「ここは本当にローカルの食材が豊富ですから。グイダック(みる貝)、スメルト、カキ、ウニ、ナマコ、ボタンエビ。他の町に移ることは考えられない」

シアトルといえばシーフードでもあるが、それが堪能できる。

パイオニアスクエア

 さて、そろそろ次へ。パイクプレイスマーケットからファースト・アベニューをセーフコ・フィールドに向かって下っていくとパイオニアスクエアという広場に出る。

重厚感があり、昔ながらのたたずまいが感じられるが、実のところ周辺の建物も含めてすべて1900年以降に建てられた。しかも、計画的な復興プロジェクトによる産物だ。

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大火に見舞われた木材の街