2016年ベストセラー 最も売れた小説は『キミスイ』
2016年は、どんな本が読まれたのか。日販調べの年間ベストセラーランキング(総合)1位は石原慎太郎の『天才』で累計発行部数92万部。15年と比べると、250万部を超えた『火花』のような圧倒的なヒットはなかったが、ベストセラー市場全体は活性化。『キミスイ』と呼ばれて若者に人気が広がり、最も売れた小説となった『君の膵臓をたべたい』に代表されるネット小説が台頭、文芸のジャンルが復調したのが目立った傾向だ。


年間ベストセラーの上位3冊は、1位が『天才』。石原慎太郎が故・田中角栄元首相の人生を1人称形式で書いた内容が話題になった。1月に発売され、4月に石原氏が『中居正広の金曜日のスマイルたちへ』にゲスト出演して本の内容が特集されたのをきっかけに売り上げが急増。その後も、テレビ番組などで田中角栄が取り上げられるたびに売り上げを伸ばした。
購買層の中心は60~70代の男女。日販のマーケティング仕入部 書籍仕入課 一般書係長の田中浩平氏によると、「反田中の先鋒(せんぼう)だった石原氏が出した本というのが、当時を知る世代の興味を大きく引いたようです」(以下、同)。また、『田中角栄100の言葉』(宝島社)などの関連書の売り上げも好調だった。

2位が『おやすみ、ロジャー 魔法のぐっすり絵本』。読むだけで子どもが眠るという心理学的な効果を盛り込んた世界的ベストセラー絵本の翻訳書。15年11月の発売から年間を通じて売れ続けた。小さい子どもがいる母親と祖母の世代である、30代と60代の女性が購買層の中心だ。
3位が『ハリー・ポッターと呪いの子 第一部・第二部 特別リハーサル版』。シリーズ8番目の物語で、前作から19年後、3人の子の父親となったハリーと彼の次男を中心に展開する。舞台公演のために書き下ろされた新作ストーリーを基に執筆された、リハーサル公演用脚本の日本語版だ。11月11日に発売されたばかりにもかかわらず、年間3位に入る圧倒的な売れ行きを見せた。発売から3日で重版が決まったため、累計発行部数は100万部に達した。40~50代の女性を中心に買われている。
新書や実用書の分野でヒット減る
ベストセラー市場全体について、田中氏は「15年は『火花』の大ヒットが目立ちましたが、16年は総じて実売部数が上がりました。トップ20までの全体で比べると、15年よりも売り上げはよかったですね」と言う。
好況のひとつの要因が、「文芸のジャンルが復調してきたこと」。逆に、大型のヒットが減ったのが新書や実用書の分野だ。
「3~4年前は新書ブームで、『聞く力』(阿川佐和子・著)が12年の年間1位になるなど、年間4~5点のヒット作がありました。その後は、実用書が伸びて、14年は『長生きしたけりゃふくらはぎをもみなさい』が1位、15年は『聞くだけで自律神経が整うCDブック』が4位と売れましたが、16年は新書や実用書は落ち着いたようです」。特に新書はトップ10入りがなく、20位まで見ても14位の『言ってはいけない』(橘玲・著/新潮新書)の1タイトルしか入っていない。
代わって伸びているのが文芸の分野。1位の『天才』、17位の『置かれた場所で咲きなさい』(渡辺和子・著)がロングセラー化するなど、ノンフィクションやエッセーが好調なのに加えて、小説では新しい世代の作家が台頭してきた。
7位『羊と鋼の森』は本屋大賞、8位『コンビニ人間』は芥川賞の受賞作だが、それらの受賞作を上回り、今年最も売れた小説が4位の『君の膵臓をたべたい』だ。膵臓(すいぞう)の病のため余命わずかな女子高生と、彼女の病気を唯一知ることになるクラスメートの"僕"との恋愛を描く青春小説。住野よるのデビュー作である。
■"なろう系"から生まれた青春恋愛小説

難病ものの青春小説からベストセラーが生まれること自体は、『世界の中心で、愛をさけぶ』など以前からある現象。本作が目新しいのは、小説投稿サイト「小説家になろう」で人気になったネット小説の書籍化であることだ。
発売は15年6月で、若い世代を中心に読者が広がって『キミスイ』と呼ばれ、2年越しのベストセラーに。累計発行部数は74万部に達した。続いて16年に発売した2作目『また、同じ夢を見ていた』も、年間19位に入っている。"なろう系"とも呼ばれるネット小説から、新世代の人気作家が次々と生まれているが、住野よるはその代表作家となった。
「ネット小説は、読者から寄せられた感想や意見を作品に反映させながら、作者が書いていくのが特徴。作者と読者が一緒に作品を作っていく雰囲気があり、書籍化の段階で既に一定数の読者がいることもあって、最近急激に伸びてきているジャンルです。ただ、異世界もののファンタジーが多く、ターゲットが限られていたので、一般にはあまり知られていませんでした。『君の膵臓をたべたい』は恋愛小説なので読者のすそ野が広がり、ベストセラー総合に入ってくる売れ行きとなりました。これをきっかけに、一般的な読み物にもネット発が広がりそうです」
『君の膵臓をたべたい』は実写映画化されて17年夏に公開される予定。その話題で17年もさらに部数を伸ばし、3年越しのベストセラーとなりそうだ。

なお、最新の月間ランキングとなる11月ベストセラーは上表。1位の『ハリー・ポッターと呪いの子』は初登場だが、年間で3位に入る驚異的な売れ行きを見せた。3位『九十歳。何がめでたい』、4位『コンビニ人間』、6位『はじめての人のための3000円投資生活』、7位『人間の煩悩』、8位『君の名は。』、9位『どんなに体がかたい人でもベターッと開脚できるようになるすごい方法』の6冊は、10月ベストセラーにもトップ10入りしており、ロングセラーとなっている。
実は年間ベストセラーでも、トップ10のうち6冊が16年上半期ベストセラーにもランクインしている。1位『天才』、2位『おやすみ、ロジャー』の上位2作は同じ順位であり、つまり年間を通じて、同じ本が売れ続けているわけだ。「最近のベストセラーは入れ替わりが少なく、長丁場にわたって売れ続ける傾向が顕著」だという。
SNS(交流サイト)の普及によって、話題が話題を呼び、一部の商品に多くの人が集中してヒットが巨大化する現象が加速している。映画『君の名は。』のメガヒットはその典型だが、本の世界においても同様で、ベストセラーの一極集中と長期化が進んでいるようだ。
(日経エンタテインメント! 小川仁志)
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