シリコンバレー式食事 痩せて仕事力まで上がるワケ
『シリコンバレー式 自分を変える最強の食事』の著者に聞く(1)
「遠くない将来、脳卒中か心臓発作で死ぬだろう」と宣告される
ITセキュリティの専門家(ハッカー)で、IT企業家、投資家でもあるデイヴ・アスプリーさんは、今から十数年前(当時30歳)、シリコンバレーの若き企業家としてキャリアの成功を果たしながらも、体重140kgの肥満体に悩んでいた。身長は193cmと長身でも、140kgは明らかに肥満体だ。
今でこそ、体重は90kg台となったが、当時はスペアタイヤほどのぜい肉が胴回りにつき、体は重く血液はドロドロ、四六時中ひどい気分でいつも疲れ、集中力低下に悩んでいたという。
カロリー制限や運動に励むものの、ぜい肉は落ちず、主治医からは「血液ドロドロ」「遠くない将来、脳卒中か心臓発作で死ぬだろう」――。デイヴさんはそう宣告された。肥満だけでなく、精神的にも、つねにストレスで消耗し、集中できない日が続いた。
脳の働きがさえない理由を、最新機器で確認したところ、思考や判断をつかさどる前頭前皮質がほとんど活動していないことが判明したという。
私財30万ドルをつぎ込んで編み出した食事法とは?
健康とキャリア存続の危機に直面したデイヴさんは、「コンピューターのシステムを改良するときと同じように、あらゆる健康法を自ら試し、その効果を自分の健康状態をモニターすることによって明らかにする」という「バイオハッキング(=数値化と徹底分析)」を始めた。
自宅オフィスに脳波(EEG:脳電図)監視装置を備えるなど、私財総額30万ドル(約3300万円)をつぎ込んだ。世界の知見を片っ端から試し、自らの体で正解を求め、50kgの減量、IQ20ポイントアップという結果を導き出した。
そして、研究の集大成をまとめた著書を2014年に出版し、全米でベストセラーになった。これが、"シリコンバレー式"の「完全無欠ダイエット(BULLETPROOF DIET)」だ。現在は、続編も執筆しながら、その食事法を世界中に広めるサイト「Bulletproof」を運営。サイトの登録ユーザーは100万人を超えている。今回、来日したデイヴさんに、直接取材。第1回では、その食事法の核となる考え方について説明してもらう。
――デイヴさんは、世界中の医療や栄養学の研究をベースにした「完全無欠ダイエット」により、50kgの減量に加え、IQを20ポイントもアップするという肉体改造を実現されました。実際にダイエットを始める前と現在とで、デイヴさん自身、「最も変わった」と実感しているのは、どういったことですか?
デイヴさん 一番大きな変化は、スムーズな判断や集中力のベースとなる意志力が高まったことです。もちろん、今より50%太っていた頃と比べれば見た目も若々しくなり、体の内側の健康も取り戻すことができたことは事実ですが、なにより大きな変化は、自分自身の頭の中で起こったことでした。
――それは意外です。ダイエットの効果というと、見た目や、体が軽くなるなどのいわゆる肉体に関連することだと思っていました。デイヴさんの頭の中で起こったこととは、具体的には、どんなことだったのですか?
デイヴさん 僕はビジネスマンで、つねに何かを決断したり書類を読みこなしたり、さまざまな交渉ごとなどで意志力を使います。かつての僕は、血糖値が急激に上昇したり下降したりするような食生活を送っていて、いつも空腹で朝から晩まで食べ物のことを考えていました。会議中にも『もうお昼の時間だ。会議は終了だ。悪いね』と言い放ち、お腹が満たされてから『部下にあんなことを言ってしまった』と後悔したこともありました。
低血糖状態になると、間違った決断を下す危険性がどうしても高くなります。また、ビジネスにおいても、家庭でも、イライラして相手に優しくできなくなります。ところが、正しい食事により体と脳に適切なエネルギーを届けることができると、同じ頭脳作業でも非常にはかどるようになりました。
睡眠の質もはるかに良くなったので、長時間眠らなくても、元気でいられ、高いパフォーマンスを出すことができるようになりました。もちろん家族にも八つ当たりなどせず、優しく接することができ、人間関係も良好です。これは僕だけでなく、この食事法を実践している人たちに共通する実感です。
努力が足りないのではない、食事法を知らなかっただけ
――「意志力が高まる」というのは、日々のストレスと無縁ではいられない読者にとっても興味深いテーマです。著書では、繰り返しトライするダイエットもまた、知らず知らずのうちに「意志力を奪う」と指摘されていましたね。
デイヴさん その通りです。僕は研究の結果、ダイエットをする際に満たすべき基本事項を5つ定義しています。(1)脳のためのエネルギーをとる、(2)体のための燃料を得る、(3)細胞のための栄養素をとる、(4)無用な毒素を排除する、そして最も重要なのが、(5)満足感を得ることです。
しかし、多くのダイエット実践者が選ぶ低カロリー、低脂肪ダイエットでは、このいずれも満たしてはくれません。僕自身、1日のカロリー摂取を1800kcalに抑え、低脂肪の食事を心がけ、しかも1週間に6日間のエクササイズ――ウエートトレーニング、自転車こぎなどを1年半継続したにもかかわらず、大きな変化はなかったのです。
筋肉はつき、友人を持ち上げることはできるようになりましたが(笑)、肥満は解消されず…。そのことに自分自身とてもびっくりしました。そのときは、がんばりが足りない、自分は努力が足りないのだと思っていました。でも、それは間違った思い込みでした。正しい食事法を知らなかっただけなのです。
意志の力で、食欲をコントロールするには限界がある
デイヴさん 多くのみなさんは、有効ではない食事を繰り返して、努力が足りないと自分を責めています。でも、完全無欠ダイエットを実践すれば、上記の5つの定義を全て満たすことができる。正しいやり方だから、成功するのです。間違った食事で我慢をするものの、禁断のピザを口にしてしまう、という経験を僕も繰り返し経験しました。
しかし、意志力には上限があることが科学的にもわかっています。これは食べない、あれを食べてしまった、と悩むほうに意志力を使ってしまうと、いわゆる"決定疲れ"によってあっという間に意志力は使い果たされてしまいます。これが仕事のパフォーマンス低下にもつながるのです。
何でもかんでも食べさせたがる「ラブラドール脳」
――ダイエットに挑戦する人は、「食べてはいけない」と思うのについ食べてしまい、挫折してしまう人も少なくありません。生物として生き残るために食べ物を欲する(食べ物の誘惑に負けてしまう)脳のことを、「ラブラドール脳」と表現されていましたね。とてもわかりやすくて、納得でした。
デイヴさん ヒトは、氷河期や飢饉(ききん)にさらされても種として生き延びられるよう進化してきました。つまり自らの生き残りをかけて、食料の探索や生殖行動といった本能を培ってきたのが大脳辺縁系です。わたしはこれを、"ラブラドールレトリバー脳(ラブラドール脳)"と呼んでいます。
このラブラドール脳の特徴は、まず1つ目に気が散りやすい。目の前に集中するよりも、犬のように、追いかける棒みたいなものをいつも探しています。これは身の安全を確保するための「闘争・逃走反応」の一種でもあるのです。さらに2つ目として、生殖を維持するための不適切な衝動に注意を向かわせます。そして、3つ目が大問題。飢え死にしないために、手に入るものはなんでもかんでも食べさせたがるのです。
私が完全無欠ダイエットを見いだすプロセスで発見したのは、「自分の食べるものが心身のパフォーマンス、そして意志力にとても大きく影響していること」。つまり、体に有害であるものをとると、その害を感知した体は、身に迫った脅威に対処すべく、手早くエネルギーを生み出す糖類を猛烈に欲するのです。
極端なカロリー制限も同様です。「今すぐ食べなきゃ燃料が切れるぞ!」と甘いものをせがみます。ランチタイムになるころには意志力は切れて、ピザやファストフードに走るか、甘いキャンディーを食べてしまう、というどこかで聞いたような結末を迎えてしまうんですね。
◇ ◇ ◇
「空腹は無視すべきでなく、適切に管理すればいい」と話すデイヴさん。「完全無欠ダイエット」では、空腹感をしっかり管理し、体や脳に適切なエネルギーを与えることを基本的な考え方としている。この食事法の大切な柱となるのが「完全無欠コーヒー」だ。次回はこのコーヒーの特徴について解説していただこう。
(ライター 柳本操/インタビュー写真 菊池くらげ)
Bulletproof創業者/CEO。1970年生まれ。IT起業家、マーケター、投資家。自分の心身を劇的に改造した"バイオハッカー"としても知られる。ウォートン・スクールでMBA取得。eコマース(電子商取引)を史上初めて行うなどシリコンバレーで成功するが、肥満と体調不良に悩まされる。そこで私財30万ドルをつぎ込み、世界の膨大な研究成果を自らの体で試し、その集大成として『THE BULLETPROOF DIET』を出版。これを訳した『シリコンバレー式 自分を変える最強の食事』(ダイヤモンド社)が日本でもベストセラーに。ハリウッドスターやトップアスリートもこの食事法を実践しブームとなる。食事法を世界中に広めるサイト「Bulletproof」を運営。
[日経Gooday 2016年12月2日付記事を再構成]
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