菊池寛賞の森重昭氏 被爆米兵の史実調査法

2016/12/1

広島原爆の被爆者で在野の歴史研究家、森重昭氏(79)が今年の第64回菊池寛賞(日本文学振興会主催)に選ばれた。長年取り組んできた米兵捕虜の原爆犠牲者の調査研究が評価された。国内外の膨大な史料を調べ上げ、自身ではなく他者の被爆体験を検証していく客観的な調査方法は、戦争体験を持たない世代にも史実に迫る手掛かりを与える。調査を始めたきっかけやその手法を森氏に聞いた。

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菊池寛賞は様々な文化活動で優れた業績を挙げた個人や団体に贈られる。今年は作家の北方謙三氏や漫画家の秋本治氏、ジャーナリストの池上彰氏とテレビ東京選挙特番チームらと並び、森氏が選出された。12月2日に東京都内で贈呈式が開かれる。米軍による広島への原爆投下で12人の米兵捕虜が死亡した。森氏はその事実を40年にわたる調査研究で突き止めた。研究成果は、オバマ米大統領の現職大統領として初の広島訪問にもつながったといわれる。5月27日、広島市の平和記念公園でオバマ大統領から抱擁を受ける森氏の映像が世界中に報じられ、時の人となった。

「僕の調査研究は何十年も見向きもされなかった」と森氏は言う。「学位もなく、大学の教員でもない。たった一人で史料を調べてきた」。しかもその調査対象は、敵国だった米国人捕虜の被爆死の実態だ。日本人の膨大な死者数に比べれば米兵捕虜の死者12人は少数かもしれない。しかし「僕も同じ運命に遭った人間。どんな死に方をしたか、せめて遺族にだけは真実を伝えよう」と追悼の思いで文献にあたり、関係者への聞き取りを重ねて事実を追究してきたという。

森重昭氏の著書「原爆で死んだ米兵秘史」(潮書房光人社)

8歳で被爆。爆風で橋から川に吹き飛ばされたが、奇跡的に命は助かった。戦後は中央大学を卒業後、山一証券に入社。1960年代の山一の経営危機をきっかけにヤマハに転職し、音楽文化事業に携わった。担当するクラシック演奏会については「楽曲解説を自分で書いてきたから、文献を調べるのは慣れていた」。それでも一会社員として、仕事をこなす合間に、広島の米兵捕虜の調査研究を続けていくのは容易ではない。昼休みは駆け足で職場近くの図書館に通った。「あらゆる英語の論文を徹底して読み込んだ」と話す。

2008年には自著「原爆で死んだ米兵秘史」(潮書房光人社、初版)を出版した。「僕の調査研究はこの本1冊では全然収まり切らない。まだ調べるべきことはたくさんある」と言う。被爆者でありながら自身の被爆体験を語るだけでなく、他者の死も徹底検証する。被爆という過酷な運命に翻弄されたにもかかわらず、あるいはそれ故か、森氏の姿勢はどこまでもポジティブで、自信と誇り、人生と自己の肯定、生命力にあふれているように見える。戦争体験を持つ存命者が減る一方で、核戦争の可能性という人類最大の脅威がなおも存在する今、同氏の地道な調査研究の手法は、戦争の記憶を伝えていくためにますます注目を集めそうだ。

(映像報道部シニア・エディター 池上輝彦)

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