次世代リーダー 意図して育てる仕組みをベン・ホロウィッツ著「ハード・シングス」(3)

ボストン コンサルティング グループ パートナー&マネージング・ディレクター 佐々木靖氏

ボストン コンサルティング グループ パートナー&マネージング・ディレクター 佐々木靖氏

ホロウィッツは最高経営責任者(CEO)には2種類あるといいます。

一つは会社の向かうべき方針を決めるのが得意なタイプです。戦略的思考に優れ、決断を下すことが好き。手ごわいライバルを相手にした複雑極まる勝負を楽しみます。一方、社員のトレーニングやパフォーマンス管理等、日常業務には退屈してしまいます。大部分の創業者CEOはこのタイプ(1)に当てはまります。

もう一つは会社を能率的に運営するプロセスを完成させることに喜びを見いだすタイプ(2)です。明確な目標を設定し、その目標を変えることを好みません。業務プロセスの改良や社員の責任分担の明確化などを滞りなく進めます。一方で、自ら戦略的に思考するのは苦手で大きな決断を怖がりがちです。完璧な決断をめざすあまり、問題を必要以上に複雑にして悩む傾向があるようです。

ボストン コンサルティング グループ パートナー&マネージング・ディレクター 佐々木靖氏

ホロウィッツは、立ち上げた企業を持続的に運営していくには、CEOとしてこの2つのスタイルを使いこなす必要があるといいます。実際、ベンチャー企業の創業者CEOが失敗する例の多くは、タイプ(2)の要素を取り入れられなかったパターンです。偉大なCEOになるにはこの2種類がともに必要ですが、多くの人はどちらかを得意とすると解釈できます。

事業が拡大し組織が大きくなるにつれて、意思決定を効率化するためにリーダーシップが多層化します。その結果、CEOは通常、タイプ(1)の役割を強く求められることになります。このとき、直属の部下に類似のタイプがいると生産性にネガティブな影響が出ます。そのためタイプ(1)に優れたCEOは、部下にタイプ(2)として機能する人を欲しがるのです。

ここでパラドックスが生じます。自然に対応していくと、次のリーダー層の中にタイプ(1)を担える人材が育ちません。ベンチャー企業といえども企業として継続していく上で、意図して次世代リーダーを育成する仕組みが必要になるのです。

ケーススタディー 事業継続上の3つの留意点:(1)ヒトの評価 (2)解雇 (3)社外の活用

ホロウィッツは立ち上げた企業が事業を継続していく上で「ヒト」を効果的に活用することがいかに重要であるかを、本書の中で繰り返し述べています。日米の労働慣行の違いもあり、彼の留意点の全てを参考にすることは難しいですが、日本の経営にとって示唆があるポイントを以下にまとめておきたいと思います。

最も頭のいい人間が最悪の社員になる

第1に、ヒトの評価です。ホロウィッツは社員に必要な資質は知性だけではないと主張します。会社に本来的に貢献する社員とは、勤勉で信頼がおけ、良きチームメンバーである人材だと考え、その視点でヒトの採用をすべきだと述べています。

どうしても我々は知性を過度に重視してヒトを採用し、評価してしまいます。確かに、我々の仕事はいずれも難しく、複雑であり、競争相手はものすごく優秀な人々です。知性の高い人間が戦力として必要であることは事実です。しかし、ホロウィッツ自身がCEOを務めていたときに、それが行きすぎたがために「最も頭のいい人間が最悪の社員になる」状況をつくり出してしまったといいます。会社が健全に事業を成長、継続させていくためには、様々な背景、性格、仕事のやり方の持ち主が、個性を生かして能力を発揮できる環境をつくることが何よりも重要なのです。

信頼を取り戻すには包み隠さず伝えよ

第2に、ヒトをどう正しく解雇するかについてかなり深く考察しています。ホロウィッツはCEOとして何度も倒産の危機に遭い、3回のレイオフ(解雇)で計400人の社員を失ったと記しています。しかし、彼はこのような激しいレイオフを繰り返しながらも10億ドル以上で売却されるまでに会社を復活させました。そのような企業は極めてまれであり、実際、彼の知人の熟練ベンチャーキャピタリストはこの事実に大いに驚きます。通常、過度のレイオフは会社の文化を壊すことになります。特にベンチャーの場合、同僚がレイオフされるのを見たあと、他の社員は会社再生に必要な犠牲を払おうとはしなくなるものです。

ホロウィッツが実践した原理原則は極めてオーソドックスです。なぜレイオフをしなければいけないかという事実を社員にストレートに伝えることを徹底したといいます。CEOがレイオフを実施するのは会社が計画を達成できなかったからであり、失敗したのは会社で、個人ではない。CEOが失敗を皆の前で認めることが必要だといいます。レイオフはこれまでの信頼を打ち崩します。それ故に、信頼を取り戻すには包み隠さず状況を伝えなければなりません。「信じてほしい。これは皆にとって良いキャリアになる」。ホロウィッツはこう社員に真摯に語ったといいます。

改めて言うまでもないですが、日本と異なり米国では業績悪化時にレイオフを経営のドライバーとして活用することが可能です。日本の経営者の方とお話をすると、米国の経営者は解雇が自由にできる、日本の経営者は自由にできない、そこに大きなハンディがあるとのご意見をうかがいます。確かに、経営者目線では日本サイドにハンディがありますが、米国であっても解雇をうまく実践することの難しさを本書から学ぶことができます。

大組織を動かすスキルと、組織をつくり上げるスキルは異なる

第3に、社外の経験者をどう活用するかです。米国企業のガバナンス形態では取締役会が力を持っていますが、ベンチャー企業が一定の軌道に乗るとCEOに対して経験者を雇いなさいというアドバイスとプレッシャーをかけます。もう一段高いレベルでのビジネスを展開する上で、財務、営業、マーケティング等の専門知識を持った人材を雇用するように要請してくるのです。

ホロウィッツは大企業等の優秀な経験者を雇うことを否定はしませんが、自身の失敗の経験からその採用については慎重になるべきだといいます。特に、大組織を動かしていくのと、新たに組織をつくり上げるのには全く異なるスキルが求められます。大組織では複雑な意思決定、優先順位付け、組織設計、組織コミュニケーションが求められます。一方、組織の立ち上げにはこのようなプロセスは不要です。質の高い採用を行い、該当分野の強い専門知識を築き、ゼロから工程をつくり、非常に創造的に新しい方向性を設定し作業を進めることが求められます。

日本でも大企業の新規事業立ち上げに際して優秀な幹部候補を抜てきしたものの、失敗する事例をよく見ます。このようなケースでは、大きな組織での動き方に惑わされて新しい組織に見合ったスキルが伴っていない、そのようなインセンティブ設計ができていないことが失敗の原因として挙げられるように見受けられます。新たな組織で新たな事業を立ち上げるダイナミズムを理解した動き方を、担い手がよくよく理解しておくことが成功のために必要です。

佐々木靖氏(ささき・やすし)
ボストン コンサルティング グループ パートナー&マネージング・ディレクター
慶応義塾大学経済学部卒業。ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス修士(MSc)。欧州経営大学院(INSEAD)経営学修士(MBA)。日本興業銀行(現みずほフィナンシャルグループ)を経て現在に至る。主に金融業界に対して、事業戦略、組織変革、営業改革、IT戦略、オペレーション改革、リスクマネジメント等の戦略策定・実行支援プロジェクトを手がける。

この連載は日本経済新聞火曜朝刊「キャリアアップ面」と連動しています。

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HARD THINGS

著者 : ベン・ホロウィッツ
出版 : 日経BP社
価格 : 1,944円 (税込み)

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