課としての仕事はヤマダさん一人が残業してこなすのですが、すでに課は組織としての体をなさなくなりました。部長がいくら言ってもかたくなに改善しない状況となり、とうとう役員が弁護士とともに彼と面談をしました。

結果として彼は懲戒に近い形で自主退職を選びます。

しかし新卒も女性主任も、もはや会社に戻ってくることはありませんでした。

自分と比べてしまったことが最大の問題

ヤマダさんは何を間違えたのでしょうか?

たしかに、環境状況はとても厳しいもので、だからこそ部下を成長させながら結果を出した前任課長が部長に昇進したわけです。ヤマダさんも状況を正しく認識し、そのために指示命令的なリーダーシップを発揮したのですが、それはうまくいきませんでした。

ヤマダさんが課長としてうまくいかなかった最大の原因は、部下たちの能力に対する認識が誤ってしまったことにありました。

これを人事の用語で「対比誤差」と言います。

典型的には、自分自身と部下とを比較して考える傾向のことです。

たとえば、自分にできないことができる人を高く評価する一方で、自分にできることについてはとても厳しく評価するような間違った行動がそれです。

ヤマダさんは自分自身が急激に成長して昇進した結果、周囲の同僚や部下たちがすべてダメな人に見えてしまいました。

だから厳しく指示命令をしなければいけない、と考えてしまったのですが、対比誤差の状態にある人は、部下が何をどうしようとも満足することができません。

その結果、常に怒るようになり、極端なハラスメントとしてあらわれてしまったのです。

認識の共有がまず必要

重要なことは、環境と相手にあったリーダーシップを発揮する前に、そもそも環境と相手に対する認識を正しくすることです。

同じ環境を見て、厳しい状況だと考える人もいれば、まだまだ大丈夫だと考える人もいます。同じ相手を見て、十分な能力を発揮していると考える人もいれば、まだ全然足りないと考える人もいます。

大事なことは、その認識を共有することです。

たとえば今の環境が厳しいのか大丈夫なのかということについて、部署で話し合ってみる。単に上司側が「今は厳しい状況だから頑張ろう!」と言っても、部下たちが「そうは言ってもうちの会社がつぶれるわけないし」と思っていたのではリーダーシップは機能しません。

相手の状況も同様です。相手自身が、自分はそれなりにできている、と思っているのに対して、まだまだ全然だめだ、と断定されてしまっては話を聞く気にもなりません。そうなってしまえばお互いの感情のぶつかり合いに発展することは時間の問題となるのです。

まず状況と相手に対する認識を正しく共有すること。それがリーダーシップを発揮するための最初のステップなのです。

平康 慶浩(ひらやす・よしひろ)
セレクションアンドバリエーション代表取締役、人事コンサルタント。
1969年大阪生まれ。早稲田大学大学院ファイナンス研究科MBA取得。アクセンチュア、日本総合研究所をへて、2012年よりセレクションアンドバリエーション代表取締役就任。大企業から中小企業まで130社以上の人事評価制度改革に携わる。大阪市特別参与(人事)。

<<(16)リーダーシップも状況次第 イタい出世が会社を滅ぼす

管理職・ミドル世代の転職なら――「エグゼクティブ転職」

5分でわかる「エグゼクティブ力」
いま、あなたの市場価値は?

>> 診断を受けてみる(無料)

「エグゼクティブ転職」は、日本経済新聞社グループが運営する 次世代リーダーの転職支援サイトです

NIKKEI 日経HR